【ラクロス(男子)】​​“最強FO”の系譜を背負って -脱臼、手術、復活、そして副将としての覚悟/4年生卒業企画「光るとき」 No.32・鈴木ケン春海

男子ラクロス

25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第32回となる今回は、男子ラクロス部の副将・鈴木ケン春海(商4・慶應NY)。怪我と手術という大きな試練を乗り越え、日本一、そして副将としてのラストシーズンを走り抜いた鈴木。慶大ラクロス部“最強FO”の系譜を背負った4年間は、競技者としての成長と、人としての成熟の物語だった。

 

「最強FO」の系譜を背負った4年間

鈴木のラクロス人生が幕を開けたのは、高校1年生の時。姉の影響でラクロスを始めると、気づけば夢中になっていた。6月に慶應義塾ニューヨーク学院を卒業し、入学前からすでに大学の練習に参加していた鈴木。「卒業から入学までの空いた時間は、大学の練習にほとんどの時間を費やしていた。ラクロスを高校から始めていたこともあり、入部への心理的なハードルは低かった」という。高校時代に磨いたラクロスの技術、入学前“0年生”の間に活躍する覚悟を整えていたのだ。

1年時の早慶戦では、それまでの練習の成果が実り1年生にしてベンチ入りを果たした。その喜びと同時に、出場できなかった悔しさが強く印象に残っていると振り返る。初めての早慶戦で味わった悔しさと刺激がモチベーションとなり、より一層練習に打ち込むようになった。しかし、その後の練習試合で肩を脱臼。競技人生に大きな影響を及ぼす出来事となった。

「2年生は肩の脱臼もあり、100%のプレーができない1年だった」。上級生と話し合いを重ね、今後の競技人生を考慮した末に手術を決断。術後の期間はリハビリ中心の生活となり、思うように練習もできず心身ともに苦しい1年だったと振り返る。

3年時、鈴木は怪我からの復帰を果たし、チームは全日本大学選手権大会日本一に輝いた。鈴木も自身のプレーについて、「怪我から復帰してやっとフィールドに戻れた感覚だった。成長を感じることができた1年だった」と振り返る。そして、その成長の背景には、同じFOのポジションの増成琉之助(政4・慶應)の存在が大きいと語った。 「自身の肩の怪我の影響もあり、復帰した時には技術に差があった。なかなか勝てないライバルの存在が練習のモチベーションとなり、プレーの成長に繋がったと思う」という。“勝てない悔しさ”が、“より強くなる理由”に変わっていったのだ。

そして副将として迎えたラストシーズン。意識のベクトルは、明らかに“自分”から“チーム全体”へと広がり、その分、自身のプレーへの集中が簡単ではない時間でもあったと語る。慶大は今シーズン、惜しくもFINAL4で敗退。それでも鈴木は、「個人としてもチームとしても、毎日全力で練習してきたからこそ、後悔はありません」と語った。チームを背負う覚悟とともに挑み続けた、かけがえのないラストイヤーとなった。

 

印象に残る開幕戦

鈴木がこの4年間で忘れられない試合として挙げたのが、2025年度関東学生リーグ開幕戦の日体大戦だ。開幕前の練習試合では一度も勝てなかった相手というだけに、合宿や練習を積み重ね 「とにかくがむしゃらに試行錯誤しながら練習を積み上げた」という。試合前は、「まだ一度も勝てていない相手と戦う不安とこれまで積み上げてきた練習から湧き出る自信が入り混じる心境だった」と語るが、結果は快勝。「チームとしての団結と強さを、確かな手応えを持って実感できた試合だった」と振り返った。

 

“最強FOユニット”の誇り

ラクロスにおいて勝敗に直結する重要なポジション、FO(フェイスオフ)を担っていた鈴木。FOは他のポジションと比較して人数が少なく、専門性が高いポジションだ。慶大ラクロス部のFOユニットは“学生最強”との呼び声高く、その系譜と背番号が代々受け継がれてきた。鈴木もその一人だった。「先輩から背番号を引き継いだ以上、責任感があった。同時にそれに励まされてきた」。慶大ラクロス部において、今年度の全大会を通してFOで最多勝利数を記録し、チームに大きく貢献した鈴木。FO勝利数31を記録し、しっかり“学生最強”の系譜は受け継がれていたのだ。

鈴木は新チームの印象として、「どんなチームになるのか楽しみ。スローガンも“KING”で大胆で攻めていると感じているのに加え、一つ下の学年は意見が飛び交うイメージがある。幹部のバランスも良いと思っているので、飛躍に期待しています」と語ってくれた。そして後輩に対しては、後悔のないように練習してほしいというメッセージを残した。さらに、「ラクロスはチームスポーツですが、結局は個人の練習の積み重ね。トレーニング、自身のプレーの反省、自己分析をしてまた練習。その繰り返し。昨日の自分を超えられるかどうかが一番大事」とエールを送った。

脱臼、手術、リハビリ、日本一、副将を経験し、4年間共にした仲間。鈴木にとってラクロス部は「なんでも言い合える仲間。家族みたいな存在」だった。鈴木は“最強FO”の系譜を後輩へと確かに繋ぎ、フィールドを去る。 

 

           (取材・記事:野口ことみ)

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