どのスポーツでも、どのチームにも「ムードメーカー」と呼ばれる選手は必ず存在する。そして共通して言えるのは、強いチームには必ず「チーム全体が勝ちに向かう」雰囲気を作ることのできるムードメーカーがいる。慶大バスケットボール部の中にあってその役割を担っているのはこの男しかいないだろう。副将の原匠(環4・近大付属)だ。
ポイントガードとしてチームに欠かせない主力である原はプレー中はもちろん、ベンチに下がっても誰よりも声を張り上げ、そしてチームの得点時には誰よりも喜ぶ。「笑いあるところに匠あり」という言葉が部内にあるのがうなずけるほど、ベンチでの原は常に笑顔を絶やさない。その理由を尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。「バスケをしてて楽しくなくなったら正直終わりだと思っているので、そういった部分をなくさないためにどうすればいいのかなって考えたとき、明るい雰囲気でやるっていうのを自分自身常に意識してやっています。」バスケを楽しむ、至って当然のように思えるその理由こそが、原が明るい雰囲気を作りチームを鼓舞し続ける理由だ。
原と言えば代名詞は美しいシュートフォームから放たれる正確無比な3ポイント。流れを変えるそのショットで幾度となくチームを勝利に導いてきた。166cmと決してサイズのある方ではない原は、「あまり中に攻め込むタイプじゃないからこそ外のシュートの確率っていうのは他のガードに負けたくないなって思っているところ」とシュート力に絶対の自信を覗かせる。また、原が3ポイントシューターとして相手に警戒されることで自然と他の選手へのディフェンスが甘くなり、「周りの選手を活かしやすくなる」と慶大の多彩なオフェンスを支えている。実際、原がドライブで攻め込みパスでチャンスメイクするシーンはリーグ戦随所で見られている。
だがその原でも大学入学当初からシュートが得意だったわけではない。関西の高校出身の原は慶大に進学が決まると、「関東のレベルでやるってなるとガードでも得点力が求められる」と自身が試合に出場するためには何を練習すればいいかを模索し、結果、1・2年時の練習はかなりシュートにフォーカスしたものになったという。地道な努力の甲斐あって徐々に評価を上げた原はプレイタイムを着実に増やしていき、試合の中で自信をつけた。「シュートを評価して頂いて徐々に試合に出たので、そこは最後まで自分が負けたくない点」と、苦労の末積み上げたものだからこそ4年間こだわり続けた自分のスタイルを最後まで貫く。
チームとしてはここまで秋季リーグ戦は19試合を消化し9勝10敗で8位につけている。昨秋のリーグ戦を6勝12敗で終えていることを考えると、良く戦っていると言えるだろう。しかし原は個人としては全く満足していない。今季開幕4戦目の日体大戦後にケガでチームからの離脱を余儀なくされたからだ。検査の結果は疲労骨折の一種であるジョーンズ骨折。不幸中の幸いか、早期発見だったため医師からは手術をしなくとも一か月ほどの療養で復帰できる、と伝えられたがリハビリの施設は家から1時間と決して近くない。だが原は辛抱強く足を運び、治癒力を促進するための酸素カプセルや電気による疲労回復など、とにかく早く治すため治療を行った。
するとリハビリの期間に試合でベンチに入りチームの戦いぶりを見ているうちに「プレーの面でも雰囲気の面でも」気付くことがたくさんあったという。原は決してプレーしていては気付くことのできない細かな部分をタイムアウト時などに選手に伝え、「ベンチメンバー一丸となってチームを鼓舞し続ける」ことを目指した。それが表れた象徴的な試合がある。10/6(土)に行われた国士舘大戦の2戦目だ。自身の復帰戦となったこの試合、慶大にとっては国士舘、日体、法政と続く強豪校相手の3連戦の初戦であり勝って良い流れを呼び込みたいところであった。試合は競った展開のまま進み、最終局面での5点ビハインドにも屈することなく最終的には山﨑純(環3・土浦日大)の決勝3ポイントで慶大が見事僅差で勝利した。この試合について原は、「最後までベンチも全員で一丸となって戦って、最後の最後で逆転して大事な試合を取れたことで普通の試合とはまた違う喜びがありました」と振り返る。原の大事にしてきた「明るい雰囲気作り」がもたらした、チームでつかんだ大きな一勝だった。
また、このリハビリの期間でもう一つ、気付いたことがあったという。それがスターターの5人以外の層の厚さだ。原や山﨑など主力にケガが相次いだ今季の慶大は自ずとベンチメンバーの出場機会が増えた。その中で春からずっとチームの課題として掲げられてきたスタメンで出場する5人以外の層の厚さに気付くことができたという。原はケガの期間で、「もし失敗してもバックで支えてくれるメンバーがいるっていう風に感じられたことが一番収穫だったのかなと思います」と、頼れるベンチメンバーの強さが今季の慶大の強さに繋がっていることを実感していた。
もちろん副将としてチーム全体を見渡すことも忘れない。「(鳥羽)陽介(環4・福大大濠)は背中で引っ張るタイプの主将なので僕は雰囲気やコミュニケーションの部分でチームに貢献したい」と主将副将という二人の立場を「上手く分担できている」と手ごたえをつかんでいる。自身が一年生の頃「先輩に気にかけてもらい、支えてもらって救われた」という経験を持つ原は上級生となった今、逆の立場として後輩と積極的にコミュニケーションをとっている。それはチーム全体に相乗効果をもたらし、プレーにもプラスの影響を与えると原が考えているからだ。「技術的な面に直接つながらなくても、勝負所での信頼関係とかに絶対活きてくると思っていてそれが今季チームが好調な要因だと考えています」と上級生下級生問わずチーム全体での「会話」が多い今のチームに手ごたえを感じている。
最後にひとつ、伺った。「今季、楽しいでしょうか?」原は明るい笑顔で答えてくれた。「はい、楽しいです!」長かったリーグ戦も気づけば残り3試合。副将として、コートでの司令塔として、そしてムードメーカーとして、チームでの原の役割は非常に大きい。持ち前の明るさで慶大に歓喜の瞬間をもたらす背番号5に是非、注目していただきたい。
(記事:染谷優真)