【特別企画】Enjoy Tennisで矢上から世界へ――躍進のリコタイテニス部インタビュー 〈大野公暉×百武葵×村上凌輔×発田志音〉(前編)

その他競技

審判員育成やガバナンス強化に向けた取り組み。プレー以外でも他の部活とは一線を画す特色ある活動を行なっているのが矢上庭球部だ。文武両道で知られる矢上庭球部について、そして独自の取り組みについてお話を伺った。

 

慶應義塾体育会には、43部のほかに矢上部(通称リコタイ)も設置されている。矢上キャンパスを活動拠点とし、主として理工学部生を対象にしているが、近年は文系学生も多く参加して特色ある取り組みで成果を挙げている。今回取り上げるのは、創部1938年、昨年の関東理工科リーグで男女ともに好成績を収めた矢上部硬式庭球部(テニス)。その躍進の裏には、審判員育成やガバナンス強化の取り組みなど、他の部活では注目されない分野での成果があった。その真相を、男子主将・大野公暉(商3・日比谷)、女子主将・百武葵(理3・横浜共立学園)、関東理工科連盟幹事長・村上凌輔(理3・芝)、コーチ・発田志音(法4・東京大学教育学部附属)の4人に伺った。

 

前編では、矢上庭球部についてお話を伺う。

※写真は全て慶應義塾体育会矢上部硬式庭球部にご提供いただきました。

 

「アカデミックな雰囲気のあるテニス部」

――まず、矢上庭球部とはどのような部活なのか教えてください

大野:日吉キャンパスから徒歩5分、理工学部のある矢上キャンパス内の専用コートで活動しています。旧・藤原工業大学鍛錬部を前身として80年以上の歴史があり、リコタイテニス部の愛称でも知られていますね。

男子主将・大野公暉

百武:アカデミックな雰囲気のあるテニス部です。理工学部で研究活動に打ち込む学生はもちろん、海外トップ大学留学や司法試験など難関国家資格取得を目指す文系学生も多く在籍しています。男子と女子の割合も2:1程度であり、英語を母語とする学生や入部時にはテニス未経験の学生も受け入れるなど、部員の多様性が特徴だと思います。人それぞれテニス以外の目標もある中で、競技活動もおろそかにせず、高みを目指して切磋琢磨しています。

女子主将・百武葵

村上:環境面では、専用のナイター照明付きの全天候型コート3面と壁打ちコートを有しているのが魅力だと思います。シャワーやガット張り機、冷暖房などの設備をもつ専用の部室も使える上、テニスコートから大学校舎・図書館、コンビニ、食堂まではそれぞれ徒歩1分という好立地です。また、矢上のコートには、蝮谷のコートと同じように、元慶應義塾長・小泉信三先生の名言「練習ハ不可能ヲ可能ニス」が刻まれた石碑が立っています。これは慶應の体育会共通の名言だと思いますが、石碑の設置が認められているのは庭球部と、私たち矢上部硬式庭球部に限られているので、そこは強いアイデンティティの一つとして受け継がれています。今の塾長である伊藤公平さんも、塾生時代はリコタイでの競技生活を経て体育会庭球部に移籍され、テニス選手として活躍されました。

関東理工科連盟幹事長・村上凌輔

石碑はアイデンティティの一つとして受け継がれている

スポーツを「ささえる」取り組み

――他の部と一線を画す点はどこですか?

大野:審判指導員の育成やガバナンスの面など部の外に視野を広げている部活であり、新しい動きを部の中に取り入れていくように日々取り組んでいる点が他の部とは大きく違う点だと感じています。

発田:スポーツは「みる・する・支える」という関わり方があると思うんですが中でも「支える」という部分に相当力を入れている点が特色です。どの部員も主役になれる、リスペクトするという点が根底にはあって、全員で活躍するというスタンスがありますね。

コーチ・発田志音

――そうした部の外に向けた取り組みはどのようなきっかけで始められたのですか?

発田:東京オリンピックがあったことが一つのきっかけとしてあります。審判員の不足がテニス界では問題となっていました。その中で今の4年生やその前の代から私たちなりにテニス界にどう貢献できるかをかなり真剣に議論しました。その中で一つの「支える」例として審判員育成の取り組みを始めました。部員に英語力のある部員が多かったこともありますね。

大野:僕が入った時にはすでに審判員指導などは取り入れていました。かなり珍しいこうした取り組みをみて、こうしたいいところを引き継いでいこうと考えています。

 

「初心者から経験者まで」多様性が魅力

――近年はどのような戦績を収めていますか?

大野:そうですね。最近はジュニア時代から国際大会や全国レベルで活躍していた選手の入部も増えてきており、慶應義塾内部の一貫教育校テニス部からの流入も多くなっています。そうして選手層の厚みが増す中、2019年と2021年の2回連続で(2020年は大会中止)男子が全13部ある関東理工科大学リーグの最高峰、1部で準優勝を果たしました。また、女子も去年は2部優勝を果たしており、1部昇格目前です。理工テニス早慶戦でも、アベック優勝しました。

百武:そして個人でも、この8月に行われた関東理工科個人戦で厳惟月(経済PEARL1年・華東师范大学第二附属中学)が女子シングルス・ダブルスの両方で優勝する快挙を達成しました。シングルス準優勝はダブルスペアの河野怜(理2・横浜雙葉)で、河野は昨年もシングルス準優勝と、2年連続の安定した活躍を見せています。さらに、女子ダブルス準決勝には黒沼柚花(理4・カリタス女子)・立麻友紀(経3・都立桜修館)も進出しており、個人での躍進も多く見られます。

活躍を見せた河野と厳

 

村上:今年から、関東理工科リーグの競技規則が変更になって文系部員も団体戦に出場できるようになるので、ますます活躍の幅が広がると思います。

発田:最近は、慶應矢上庭球会(OB・OG組織)のご支援もあり、国際テニス連盟(ITF)や日本テニス協会(JTA)が主催する一般大会への出場に挑戦するケースも増えており、全日本選手権に参加したり、プロ選手に混じって日本ランキングを保有したりする選手も多くなっています。

活躍を見せる河野怜

――新入生にリコタイを選んでもらうために工夫したことはあるのですか

発田:ここ数年、広報戦略はこれまで以上に力を入れて取り組んできました。具体的には、専門の委員会を立ち上げ、公式サイトの完全リニューアルや、ブランドイメージ動画の作成などに取り組みました。その中で、体育会の中でも「矢上部」であるリコタイテニス部だからこそのカラーを打ち出すように努めました。それは、誰にでも門戸を開くオープンさ、Enjoy Tennis、そして仲間をリスペクトする雰囲気です。広報の取り組みの効果検証も行ったのですが、確実に新入部員の獲得に繋がり、またOB・OGの方々と現役との交流を含めて、部内の結束が高まったことがわかりました。その広報活動の実践事例は、競技力の向上にも寄与し得るものとして、学会誌に論文掲載されるほどの高い評価を受けています。

――練習量はどのくらいなのでしょうか

百武:義務練習は週に3回、平日は約1時間、土曜日は2時間30分行っています。学業最優先の方針から、定期試験1ヶ月前から義務練習は行われず、普段も学業上の理由があれば柔軟に欠席を認めています。このように、義務練習は他の体育会系団体と比較しても少ないのですが、オフコートでのトレーニングや、部員が自主的に行うフリー練習で補っています。

――練習時間が限られる中、どのような工夫をしていますか?

大野:普段の練習は90分ほどで、レベル別練習と全体合同練習を組み合わせて限られた時間でどう練習していくかを考えています。普段は球出しなどを増やすことでうまい人も自分の上達につながり、苦手な人もアドバイスを受けながら成長していけるというところです。うまい人も初心者の人に教えるには普段感じている、考えていることを言語化する必要があります。そういったところで双方の練習になっています。

百武:女子部は経験年数が10年を上回る選手もいれば初心者もいるレベル差が広いですが、学年関係なくアドバイスし合ういい雰囲気の中練習を行っています。人に教えることで自分を見直すきっかけになり、互いに刺激を与えられる関係を築けていると思います。またOBOGの方も練習に来てくださることが多く、部員のテニス力向上に貢献してくださっていると感じています。

――2020年から、元プロ選手の牟田口恵美氏がコーチに就任していますね

大野:はい。牟田口恵美コーチは塾員でもあるのですが、ジュニア時代から錦織圭選手と同じ盛田正明テニスファンドの支援を受けて渡米し、日本代表としてグランドスラム・ジュニア(世界4大大会)などで世界的に活躍した実績を有していらっしゃる方です。現在はプロ選手の専属コーチも兼任されるなど指導者として日本テニス界を代表する一人である一方、学業を含む教育活動にも高い専門性と実践経験を有する方です。牟田口コーチに入っていただいてから、練習メニューも高度化し、確実に部員のテニス選手としてのレベルも向上しました。

百武:また、牟田口コーチの他にもOB・OGを中心に10人以上のコーチング・スタッフが強化にあたっています。部員3人につき、1人のコーチがいるという計算になるので、指導環境もかなり優れたものになっていると思います。初心者はもちろん、テニス選手としてトップレベルを目指す場合にも十分に対応できる体制です。

元プロテニスプレーヤーの牟田口恵美コーチ

後編では、ガバナンス強化の取り組みや審判員育成など独自の取り組みについて伺います。

 

(取材:松田 英人、協力:慶應義塾体育会矢上部硬式庭球部)

慶應義塾体育会矢上部硬式庭球部公式HPはこちら→https://rikotaitenniskeio.wixsite.com/official-page

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