【バスケ(女子)】シックスマンとしての誇り 挫折を乗り越えてその先へ/4年生卒業企画「光るとき」 No.61・吉田千里

バスケ女子

25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第61回となる今回は、女子バスケットボール部の吉田千里(理4・田園調布雙葉)。慶大女子バスケ部における吉田の役割はシックスマン。誰よりも強い気持ちでプレーを続けてきた、吉田の4年間に迫る。

 

中高バスケと大学バスケのギャップ

 吉田のバスケ人生は、小学校のクラブ活動でバスケを選んだことをきっかけにスタートする。中学・高校ではキャプテンを務め、自らが先頭に立ってどんな状況でもチームを引っ張る存在だった。しかし慶大バスケ部に入部して以降、状況は一変。自分のレベルでは何もしないほうが良いのではないか、と思うようになったという。「上手くいかないが何をすべきかも分からないのが苦しかった。未来に光がないように感じた」という。その中で吉田は、プレー以外の面でチームに貢献することを選んだ。当時を振り返って、「切り替えるというよりは、そうすることが一番貢献できる方法だった。プレーを捨てたわけではなく、自分の中で優先順位が変わった結果だった」と話した。

 

ベンチ入りした2年生

 2年生になると吉田はついにベンチ入りを果たすが、だからといって必ずコートに立てるわけではない。ただ、コートに立てない悔しさはあったものの、ベンチメンバーとしてチームと同じ行動ができる喜びの方が大きかったという。学年も上がって試合に出られないことへの言い訳が1つ通用しなくなり、吉田は自身の実力と向き合いながら、その悔しさを受け入れていった。

早慶戦での吉田

 

AチームとBチームを反復する日々

 3年生になると徐々にコートに立つ時間が増え、早慶戦や慶関戦にも出場するようになった。しかしその立場は、AチームとBチームの狭間だった。吉田はこの時期を「一番きつかった」と振り返る。Aチームではわずかなミスが降格に繋がり、チームの勝敗にも直結するため、大きなプレッシャーの中でプレーし続けていた。一方で、Bチームの方が「やるしかない」という気持ちで臨めていたとも語る。揺れ動く立場の中で、葛藤の日々を過ごした。

 

シックスマンとして

 最上級生となった吉田は、安定してAチームに入り、重要な試合でもコートに立つようになる。その中で与えられた役割が「シックスマン」。シックスマンと聞くと“スタメンになれなかった人”というイメージを持つ人もいるかもしれないが、シックスマンがいることで選手層の厚みが増し、チームの勝利にも直結する。チームの流れを変え、勝利を引き寄せる重要な存在である。

 吉田は自身のシックスマンという立場に誇りを持っていた。「自分の役割は、人並みではなく、流れを壊すくらいの勢いでプレーすること。たとえ5分で体力が尽きても、1つや2つのプレーで流れを変えられれば、使命を果たしたことになる」という。「『 千里のおかげで今日の試合に勝てた』と応援してくださる方から声をかけられたときが、一番チームに貢献できたと感じる瞬間だった」と語る。

六大学対抗戦・法政大戦でディフェンスをする吉田

 

何事も上手くいかず挫折を経験した1年生から、シックスマンとして誇りをもってプレーするまでに成長した吉田。誰よりも強い気持ちでコートに立ち続けた背番号6は、チームを支え、周囲に勇気を与える存在として輝き続けた。

六大学対抗戦・明治大戦

 

(取材:本橋未奈望、新妻千里 記事:新妻千里)

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