今年も慶大からJの舞台へ進む選手がいる。来季からJ2の松本山雅FCに加入する松下純土主将(総4・國學院久我山高)だ。松下に、大学サッカーでの4年間、そしてプロへの意気込みを熱く語ってもらった。
「サッカー的な成長もしましたし、人間性のところで一回りも二回りも成長できた」
―大学時代を振り返って
「あっという間でしたね。」
―主将として嬉しかったことは
「やっぱり残留できたことですね。1年間振り返ると8~9割つらいことばかりでしたが、1~2割勝利の喜びだったり残留のために頑張れた1年でした。」
―逆に苦しかったことは
「毎日が苦しかったです。主将をやっていてチームの調子が悪く試合に勝てないときの方が多く、4連敗5連敗したときは地獄のような日々でしたけど、それでも同期の支えや後輩たちが当事者意識をもって練習のときから盛り上げてくれたり引っ張ってくれたりというのがあって、みんなに支えられて1年間やってこれたかなと思います。」
―残留争いの1年間を今振り返って
「今振り返ると、本当にほっとしています。11月後半で引退して今のオフの期間を楽しく毎日過ごせているのは残留できたからだなというのは思っています。」
―大学サッカーだからこそ得られたものは
「サッカー的な成長もしましたし、人間性のところで一回りも二回りも成長できたと思っています。特に、2年生のときに主務やグラマネを出すミーティングを1年間かけてやったんですけど、普段サッカーの練習は2時間だったのがミーティングの時間は半日というのを毎日やった1年間がありました。涙を流しながら自分のことを話す選手がいたり、そういうことを同期と経験したことで責任感という部分でも強く感じるようになりましたね。そういった面では、高卒からプロに行く人もいるし、高卒で試合に出られるというのがベストではありますけど、大学サッカーもとてもレベルが高いですしそういった中で4年間経験することでサッカー的なレベルアップもできますし、人間性というのはやっぱり大学4年間でないと成長できないのかなということは振り返って思います。」
―慶大を選んだ理由は
「まず、出身校である國學院久我山高校で自分の4つ上からずっと連続で慶大ソッカー部に入る流れがあって、毎年1~2人入っていたというのが大きな理由の1つです。あとは、高校時代もそうでしたが、サッカーと勉強の両立ということで文武両道が学校の校訓でもありましたし、自分の中でもモットーに掲げてやってきていたので、慶大もスポーツ推薦がないところで学業をやらないと入れないというのと、学業とサッカーの両立というのを入学してからも掲げてやっていきたいなというのもあったので選びました。」
―自分自身、どのような選手だったか
「特に何かに秀でているという感じのプレーヤーでもないので、特徴はないですが、監督から見ても使いやすい選手だと思います。いい言い方をするとユーティリティプレーヤーですが、特に特徴がない地味なプレーヤーです。何か特徴があるとすれば、常に冷静なところですかね。あと、守備ができないプレーヤーという感じです(笑)。」
―大学時代で1番学んだこと、成長した部分は
「人間的なところで成長したことのほうが多いです。責任感もそうです。高校時代は副キャプテンで、主将を務めるのもサッカー人生で初めてだったので、サッカー面でトップに立つということもいい経験をしたなと思っています。」
―大学4年間でプロを強く意識したタイミングは
「サッカーを初めてからサッカー選手というのは目標というか夢であって、高校時代もプロになるためにサッカーをやっていたし、大学でサッカーを続けようと思ったのもプロになりたいと思ったからで。でも、漠然とサッカー選手になりたいなというただの夢だったんですけど、それが実際になろうと夢が目標になったのが大学2年の選抜に入り始めたころで。同じ志をもって、サッカーのレベルも大学トップクラスで、プロに行くというより行って活躍するということを目標にしている人たちと一緒の時間を過ごせたというのが自分のなかではある意味、転期だったのかなと思っています。」
―この4年間で印象深かった大会や試合は
「1番印象に残っているのは1年生のときの国立でやった早慶戦ですね。もともとそんなに大舞台でサッカーをするという経験が、あっても高校のときの選手権くらいしかなかったので。1年生の早慶戦でスタメンで出させてもらって、最初メインを背に入場するときにぱっとメイン側を向いた時の人の多さとか、国立でやるのが1つの夢でもあったので、その迫力も初めての経験だったので1番印象に残っています。しかも勝ったので。」
―同級生と後輩へ一言
「同期は、4年間、ほとんど苦しい時期ばかりでしたが共にした仲ということで、特に今年は1年間主将をやって、すごい支えられているなと自分自身は感じたので、まずは感謝しているというのを伝えたいのと、ミーティングなどでも濃い時間を過ごした仲間というのは今のところ人生では初めての仲間たちなので、これから先も仲間として付き合ってほしいなというのは個人的には思っています。後輩は、最低限の目標だった1部残留というのは僕たちが果たして、そのたすきを渡せたので、本来の目標であった日本一というのを来年以降は是非とも果たして欲しいという気持ちと、あと個人的には来年だったら増田(環3)であったり再来年だったら端山(総2)であったりプロ入りを目標としている選手はどんどん挑戦してほしい。僕らの2個上から僕を含めて3年連続で慶應ソッカー部からプロ入りができているので、そういうのを絶やしてほしくない。慶應ソッカー部からプロに行くのは当然の流れというのは作りたいというのを思っています。だからどんどん挑戦してほしいです。」
「1年目からレギュラーとして活躍して勝利に貢献したい」
―ここからはプロの話に移りますが、プロから声をかけられたのはいつか
「(大学2年で)選抜に入ってから大会に出場させてもらって、そういうところはスカウトの方がたくさん来るし、関東リーグにも観に来てはいますが、個人としてある程度注目されるようになって、オフシーズンの練習参加もさせてもらえるようになったり、実際に声をかけてもらえるようになったのは2年の選抜以降ですね。」
―プロから声をかけられる前後で自分の中での変化は
「選抜を経験してスカウトの人から認めてもらえるようになって、自信にはなりましたね。色々とサッカー面でのアドバイスもされるので、そういうのを参考にしていました。」
―プロになるにあたって、大学サッカーで影響を受けた選手は
「何人かいるんですけど、慶大であったら奏一くん(田中奏一・ファジアーノ岡山)ですね。彼はすごくストイックな選手で、サッカーに対する意識の高さは学ばせてもらいましたし、同期の他の大学だったら専大の長澤和輝くん(独・FCケルン)ですね。選抜で一緒になって仲良くなって今はむしろプライベートで仲良くしていて、そういうオフの部分では僕と一緒にふざけていて、僕はそれがサッカーでも続いたりしちゃうんですけど(笑)、彼の場合は選抜とかで見ていて思うのはオフでは皆とふざけてるんですけど、オンに入る時の切り替えは他の人とは違う雰囲気を漂わせるというか、海外に行くか行かないかで今話題になっていますけど、ああいう選手がそうなるんだというのは同期で同い年ですけどすごく勉強になりますし尊敬しています。」
―自身の中で、大学からプロに行った選手がなかなかレギュラーをつかめていないというマイナス面と、河井選手(慶大→清水エスパルス)や中町選手(慶大→横浜F・マリノス)が主軸として活躍しているプラス面のどちらを強く感じているか
「特に僕の一つ上の代で選抜で一緒にやらせてもらった三田くん(明大→FC東京)であったり佐藤優平くん(国士大→横浜F・マリノス)だったり、僕がお世話してもらっていた先輩たちがJの舞台に行った時に、元々僕はJリーグとか全然観ない人だったんですけど、知っている先輩たちが入ってから徐々に注目するようになってきて、例えばゲキサカとかでメンバー表とか見て『あー今日も出てないのか』って、今おっしゃられたように大学1年目って全然出てないじゃないですか。河井くんとか中町さんとか活躍していますけど本当に一握りで、どっちを気にしているというとそういう面では大学1年目から試合に出られるのかっていう不安ももちろんありますけど、やはりプロに行くことが目標ではなくてプロに行って活躍することが目標なので、不安はもちろんありますけど河井くんとか中町さんみたいに1年目から活躍してやろうというイメージが強いです。」
―多くの大学時代の先輩や仲間がプロに進んだが、戦ってみたい選手やチームは
「大学時代もそうだったんですけど、選抜で一緒にサッカーした仲間たちが今度は関東リーグでは相手になるじゃないですか。知っている人が対戦相手にいるのはすごく楽しみで、そういった面では色々なJのチームに散らばっているので毎試合楽しみですね。だから特に戦ってみたい選手やチームはないんですけど、僕もJ2に行くのでテソンくん(黄大城・京都サンガ)とか慶太くん(日高慶太・モンテディオ山形)とか奏一くんとか慶大の先輩たちがいるチームとは戦ってみたいですね。ゆくゆくはJ1に上がった時は河井くんや中町さんや、来季から武藤(武藤嘉紀)がFC東京に加入するのでそういう人たちと試合したいです。」
―ここからは松下選手が加入される松本山雅についてお聞きしますが、チームの印象は
「夏に練習参加した時に感じたのは、すごくアットホームな雰囲気だったことですね。僕が行った時はちょうと夏の連戦の時で試合に出ている選手とはあまり一緒にサッカーする機会がなかったんですけど、試合に出ていない人たちと練習したり試合に出させてもらった時は同世代の人たちが多くて、接しやすかったですしやりやすかったという印象はあります。」
―反町康治監督とは何か言葉を交わされましたか
「あまり話してないですけど、反町監督が湘南ベルマーレの監督をやられていた時に練習参加で呼んでもらったりもしていて、多少コミュニケーションは図れているつもりです。選手に求めるものも真面目な選手とかチームのために汗をかける選手とかを使う印象が強くて、多分反町監督自身も真面目な方だろうなと思います。」
―また松本山雅というと、亡くなられた松田直樹選手もかつて在籍されていました
「第一に僕が小学生の頃に2002年の日韓W杯があって、松田さんや中田英寿さんや稲本さんら僕らのヒーローがちょうどあの代にいて、あの人たちを目標にして今までサッカーをやってきた部分が強かったので、亡くなられたのを聞いた時はショックでしたし、特にあの人かっこいいじゃないですか。熱いものを持っていてそういうエピソードも本とか読んで知っていたり、亡くなられてからドキュメンタリー番組で松田さんの密着とかを見た時に、ずっとマリノスで活躍されていたのに急に戦力外通告を受けて、当時JFLの松本山雅に入って続けていくというサッカーに対する熱い思いとか、普通の人が考えるならマリノスというJの中でも上のチームでやっていて、嫌らしい話ですけどある程度お金も持っているのにさらに挑戦し続ける心は見習わなくてはいけないところですし、そういう選手が上にいけるのだと感じたのでそういう部分では勉強になっていると思います。」
―実際に練習参加されて通用すると感じた部分、まだ足りないと感じた部分は
「通用する部分はつなぐ部分、ビルドアップですね。パイプ役というか冷静な部分というか、大学時代とプレッシャーはそれほど変わらないですけど、その中でプレッシャーを感じずに冷静にさばくプレーは出来るかなと思いました。逆に通用しない部分は守備やハードワークするというところではまだ出来てないしそこが出来ないと活躍出来ないなと。特にボランチで勝負するなら攻撃も守備も出来て当然だし、90分間ピッチ全体を動かなくてはいけないし求められる部分だと思うので、そこはまだまだ足りてなくて通用してないのかなと思います。」
―国内外で目標にしているプロ選手は
「好きな選手や目標にしている選手はあまりいないですけど、見ていて目標にしなきゃいけないなというのは中町さんですかね。慶大の先輩ということもありますしJの舞台で活躍なさっていて、元々僕が持っていた印象は華麗に攻撃面で華やかな選手だという印象が強かったんですけど、今活躍されているのを見ると攻撃はもちろんですけど守備の部分でも相方の富澤さんと泥臭く守備して献身的にチームのためにやっているなという印象がそれにプラスされたので、あれぐらいやらないとJでは活躍できないんだなと思っていますし、目標にしています。」
―プロでの目標は
「まずは松本山雅で1年目からレギュラーとして活躍して勝利に貢献したいし、J1昇格に貢献したいという思いも強いですし、個人的な目標でいうと松本山雅で活躍してゆくゆくは代表や海外というのもビジョンとしては持っていますし、せっかくプロとしてやるんだったらやれるところまでじゃないですけど、三浦知良さんみたいに、ピッチで死ぬんじゃないかっていうぐらい最後の最後までやるからにはやりきりたいという思いが強いです。」
―最後に松本山雅ファンへ一言
「1つでも多くの勝利に貢献したいしJ1昇格にも貢献したいと思っているので、あたたかく見守って欲しいです!」
お忙しい中、ありがとうございました!
松本山雅での活躍を期待しています!
(取材・飯田駿斗 池田麻里子)
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