【ラグビー】“伝統校”に訪れた新時代 慶大蹴球部初の留学生から見えること

ラグビー

(写真左から)エノサ、マプスア

今秋、慶大蹴球部の門を叩いた2人の留学生、アイザイア・マプスア(総1・King’s College)とイサコ・エノサ(環1・King’s College)。創部120年を迎えた蹴球部でも、留学生の入部は初めてだ。 

 

今秋のラグビーワールドカップで日本代表は史上初のベスト8に輝き、日本中で大フィーバーを巻き起こした。彼らの大躍進以外に注目を集めたこととして、日本代表のメンバーのうち約半数が、日本国外出身であることが挙げられる。他の競技のような「国籍主義」とは違い「協会主義」と呼ばれるラグビー。その選手がどこの国籍を持っているかということよりも、どこの協会のもとでプレーしているかを重視するラグビーの世界では、その国の国籍を持たない選手が代表としてプレーするのは言ってしまえば普通のことだ。ラグビー界を取り巻くグローバル化の波が、ついに慶大にもやってきた。

今回の2人の入部は、これまで慶應義塾、早稲田、明治、同志社からなる“伝統校”が貫いてきた“純血”という暗黙の了解を破ることを意味する。2017年度まで大学選手権9連覇を成し遂げた帝京大をはじめとする“新興校”と呼ばれる大学とは違い、“伝統校”4校は留学生を受け入れずにそれぞれ強化を図ってきた。その“伝統校”のひとつである明大は昨年度の大学選手権決勝で、留学生を擁する天理大を破って大学日本一に輝いた。

 

指揮官の見解

栗原徹ヘッドコーチ

まず、彼らは決してプロ野球などで見られるような「助っ人外国人」ではない。慶大の留学システムに沿って入試を突破してきたという意味では、他の部員と変わりはない。さらに栗原徹HC(ヘッドコーチ)は、先述したような暗黙の了解が「あるのかどうかもわからない」としている。彼らが蹴球部の一員として公式戦に出場することに、実は何の支障もないのだ。

 

慶應義塾の伝統

慶大日吉キャンパス近くにある寮の応接室には、蹴球部の歴史を感じさせる写真やトロフィーがずらり

“伝統校”4校の中でも最も歴史のある慶大が、この暗黙の了解を最初に破るのはいささか意外に感じられたかもしれない。しかし、考えてみてほしい。最も歴史があるということは、それまで周囲がやらなかったことを最初に始めたということを意味している。

慶大の入学試験合格者に郵送される資料には、「福翁自伝」が同梱されている。言わずと知れた慶大の創始者・福沢諭吉の自伝である。これを読めば、福沢がどんな人物であったかが読み取れる。その中で、開国間もない時期、若き日の福沢が英語の勉強を始めるくだりがある。当時、蘭学者として名を馳せた福沢だったが、横浜の港町でオランダ語の通じない西洋人と出会って衝撃を受けた。これから来る近代化に向けて、英語の必要性を痛感した福沢は、今さら新しい言語を学ぶ必要はないと主張する周囲の知識人に流されることなく、意気投合した友人・原田敬策とともに辞書もまともにない中で英語の勉強を始めたのである。

周りがやらないことを始め、必要とあらば反対の声があろうともそれを押し通す。福沢のそんなパイオニア精神が随所に見られるのがこの福翁自伝だ。福沢諭吉の精神、すなわち慶應義塾の精神。これを入学前の学生に贈るということは、慶應義塾の考え方を示すことにつながる。もちろん、秋に海外の高校から慶大にやってくる新入生にも福翁自伝は贈られている。

このような、新しいものを真っ先に取り入れ、それを広げていく福沢諭吉、慶應義塾のやり方は現在も受け継がれている。1990年には、新たな学問分野を開拓すべく慶大は総合政策学部、環境情報学部を新設。この2学部は既存の評価軸で測れない人材を発掘しようと、AO入試を日本でいち早く取り入れたことで知られている。ちなみに、マプスアは総合政策学部、エノサは環境情報学部に在籍している。

これはほんの一例だが、慶應義塾という大学の方針を鑑みれば、今回留学生の加入は決して過去への冒涜などではなく、新たなものを取り入れ続けるという、ある意味慶大の“伝統”であると言える。

 

対抗戦デビュー

エノサのオフロードパス。高い身体能力を生かしたプレーで貢献する

2人は11月4日(月)から再開した関東大学対抗戦で伝統の黒黄ジャージに袖を通し、公式戦デビューを果たした。早速ラグビー大国・ニュージーランドで培ったプレースタイルを存分に発揮している彼らは、「ラグビーに対するスイッチの入り方が違う」と栗原HCは言う。日体大戦では、自陣でのCTBエノサのキックから先制のトライを演出。No.8で出場したマプスアもトライを決め、試合には敗れたが上々のデビューとなった。同10日(土)の明大戦後にマプスアは、史上初の留学生として注目されることに対して「特権を与えられたように感じている」と話した。エノサは、日本ラグビーのルーツ校である慶大でプレーすることを「誇りに思う」と力強く語った。

193センチの長身を生かし、No.8とLOで出場するマプスア。セットプレーの安定に一役買いたい

「歴史の上に乗っかって気持ちよくなって終わるのか、自分もひとつの歴史になろうとしているのか」、「後者の考えになるだけでも、慶應はもっと成長できる」。栗原HCは今年で蹴球部が創部120周年を迎えることについて、こう考えを示した。そしてこの秋、まさに歴史が動いた。慶大蹴球部は、慶應義塾のパイオニア精神、そしてルーツ校としてのプライドにのっとって、これからも新たな時代を切り開いていく。

(記事:竹内大志 写真:左近美月、竹内大志、萬代理人)

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