【テニス】解剖!横浜慶應チャレンジャー(前編)

庭球男子

11月、日吉キャンパスにおいてあるテニス大会が開催されていた。その名は「横浜慶應チャレンジャー」。実はこの大会は世界的にも稀有な大会であり、奥を知るほど驚かされることが多い。各部大会が少ないこの季節、普段とは異なり今回は大会の運営面について特集し、体育会の新たな一面を紹介したい。

※記事の掲載が遅くなり、大変申し訳ありません。

大会概要

まずは本大会の特徴について有延一樹(法4・慶應)さんが詳しく話してくださった。大会開催期間は男子本戦が10月31日から11月6日まで、女子本戦が11月9日から11月13日まで。まだ銀杏並木が万遍に黄色く色付いていた頃、日吉キャンパスの入り口に掲げられていた看板を見た塾生も多いのではないか。

日吉キャンパスに設置されていた大会看板

まず一つ目に注目したいのは今大会の規模である。テニスの大会については、男女ともに4つのカテゴリー分けがなされている。大きい順に並べると、1番大きいのは広く知られている4大大会(グランドスラム)だ。そして2番目に大きいのが男子「ATPワールドツアー」、女子「WTAツアー」であり、3番目に「チャレンジャー」(男子:ATPチャレンジャーツアー、女子:チャレンジャー・シリーズ)だ。つまり、「横浜慶應チャレンジャー」はテニスの大会として3番目に大きい区分に位置する大会なのである。そして、今大会は横浜市が後援をしているため「横浜慶應チャレンジャー」という名となっている。

そして二つ目に注目すべきは、この大会が「世界で1つの学生が主体となって行う国際トーナメント」であるという点だ。前述のように今大会はれっきとした国際大会であり、大会には数多くの国・地域の選手が参加する。男子大会ではなんと14の国と地域の選手が参加しており日本・インド・オーストラリアなど地理的にも幅広い。女子大会はアジア圏の選手が中心ではあるもののこちらも数多くの外国人選手が参加し、日吉キャンパスの蝮谷テニスコートで試合を行う。こうした大会を慶大の学生が主体となって行なっているのだ。異例とも言える今大会の存在。ここからは大会の経緯、運営面での課題・やりがいなどを、慶大庭球部の皆さまにお話を聞きながら解き明かしたい。

歴史

この大会はどうやって始まったのか。まずは2007年から大会のアシスタントディレクターを務め、今年度初めて大会責任者を務める原荘太郎助監督にお話を伺った。この大会が始まったのは2007年、そしてそれは慶應庭球部・坂井監督のプロ時代の熱い思いによるものだった。坂井監督はプロテニスプレーヤーとして世界を回るにあたり、ある大会を目にした。それはアメリカの大学施設を使った大会。この大会の運営主体は学生ではなかったものの、大学のテニスコートを使った大会は当時珍しく、坂井監督にはこれが新鮮に映ったそうだ。

当時の日本テニス界にはチャレンジャーレベルの大会はまだなく、錦織選手も世界ランキング400位台ほどであった。そのため国内のテニス人気は決して高いとは言えなかった。坂井監督は後に、大学の施設を使った国際的なテニス大会を日本の大学でもできるのではないか、また一流といわれるトップ100の選手を日本から輩出するという点で慶大が何か貢献できないか、と考えた。その熱い思いのもと、2007年、慶應義塾150周年事業の一環として「慶應チャレンジャー」大会が創設された。しかしこの大会、2009年に開催後、実は3年間の空白がある。原因はリーマン・ショックによる資金難と震災であった。そしてその困難を乗り越え、2012年に再び開催するも新型コロナウイルスの流行に伴い2020年大会は無観客、かつ女子大会のみの開催となった。そうした歴史を経て、今年開催時期を従来の3月から11月に変更し、ついに男子・女子大会ともに従来通り有観客での開催となった。日本で行われるチャレンジャー大会としてはコロナ禍で初ということもあり、多い日には500人以上の観客が蝮谷テニスコートを訪れた。

多くのの観客が訪れた

大会創設時日本において0だったチャレンジャーレベルの大会は、その後横浜慶應チャレンジャー以外も誕生。さらに、学生が行うテニスの国際大会の取り組みは他大にも広がり、慶大と同じ2007年に早大、その後筑波大、亜細亜大、山梨学院大がチャレンジャーよりも1つ下のレベルの国際大会を創設。国際大会も現在では国内で男子・女子それぞれ15大会ほど開催されている。慶應義塾体育会庭球部の取り組みがモデルケースとなり、当初の目的通り日本のテニス界並びに大学スポーツの盛り上げに大きく貢献することになった。

登竜門

それだけではない。今大会は「トップ100の選手を日本から輩出する」という当初の目標も達成しつつある。すでに15年の歴史をもつ今大会は「グランドスラムへの登竜門」とささやかれている。実際、この大会で活躍してポイントを取ってグランドスラムに出場する選手が数多くいる。その一人に西岡良仁(ミキハウス)選手が挙げられる。西岡選手は横浜慶應チャレンジャーで準優勝すると、その後国内11位、世界ランキング30位台までのぼりつめる。「ネクスト・錦織圭」として報道されることもあり、高い注目が集まっている選手だ。また、それ以外も高レベルの選手が集まっている。今大会の男子シングルスの優勝者はオーストラリア出身のクリストファー・オコネル選手。全豪オープンでベスト32を誇る彼に決勝戦で挑んだのは、綿貫陽介(フリー)選手。綿貫選手もジュニアで世界2位、最年少で全日本選手権で優勝し、現在は日本代表を務めるかしい実績をもつ選手だ。未来のエースも現在のエースも来ている大会、それが横浜慶應チャレンジャーなのだ。

男子ダブルス準優勝の藤原智也主将(環3・東山)

(左)女子ダブルス優勝の佐藤南帆選手 (環4・日出)

運営方法

ではここまで大規模の大会を実際にどのように学生が運営しているのだろうか。部門は全部で9つに分かれるのだが、ここではホスピタリティー・SV統括・スポンサー部門を取り上げたい。

ホスピタリティー部門は選手のホテルステイ、移動、食事、さらにはビザ関連の手続きを担う。選手と密なコミュニケーションを取ることが必要とされる。前述したように今大会は数多くの国・地域から選手が訪れている。中には宗教面などで食事に配慮が必要な選手もいる。ホスピタリティー部門はUber Eatsを活用するなどしてこうした問題を解決している。

次にSV統括。学生総括の楢岡佑佳(文3・慶應女子)さんからお話を聞く。今大会は公式試合であり、大会運営にあたってはATP・ITF(国際テニス連盟)から来る「トーナメントディレクター」より指示を受ける。SV統括の任務はこのトーナメントディレクターと学生の橋渡しであり、具体的には大会要項策定時に必要な資料の作成、連盟への振り込み、開催する上でのルール順守などを担う。これだけでも多岐にわたる業務だが、楢岡さんらはさらに国際テニス連盟から来たメールの翻訳を行う。大会期間が例年の3月から11月に変更されたことで授業期間中となった今年の大会。授業を受けながらその前後にこれだけの膨大な業務をこなしていることには驚きだ。

最後はスポンサー部門。スポンサー部門代表の山本千遥(総4・桐蔭学園)さんにお話を伺った。今大会にかかる費用はなんと3000万円ほど。これをスポンサーからの協賛金、チケット代、イベント参加代、大会公式グッズの売り上げで賄(まかな)う。山本さんらの努力の末に、今大会には12社のスポンサーからご協賛をいただいた。また、今大会ではクラウドファンディングも実施し、そこでも数多くの方からご賛同を得たそうだ。基本的に体育会は試合で勝つことが中心だが、今大会、山本さんは「お金を出してくださっている企業・一般の方の目的もくみ取り一つのものとする」ことに難しさを感じたという。また、クラウドファンディングでのリターン品はグッズ部門と、スポンサー企業の宣伝方法などはイベント部門とやり取りをするなど複数の部門が横で連携する必要があったことも今回難しかった点だという。それでも「文面でやっていたことが実際に目に見える形になるとやりがいを感じる」と笑顔で語ってくれた。

今大会で作り直したスポンサーバナー

学生が語る

最後にお話を伺ったのは今大会における学生責任者の日置和暉(環4・茅ヶ崎北陵)さん。日置さんは今大会を開催することに二つの意義をあげる。一つは日本テニス界における貢献だ。増えたとはいえまだ日本国内で行われる国際大会は貴重である。また、二つ目には部員たちにとってもメリットがあるという。普段ならスポーツをする側だけで大学4年間が終わるが、学生が主体となって大会を運営することで「支える」経験ができるという。そこで運営の難しさを経験することで選手はリアリティ―を持って普段のリーグなどに参加できるようになる。例えば、先月の王座に出場した今田穂旧副将(環4・啓明学院)はホスピタリティー部門のチーフ、林航平(理3・名古屋)さんは会計、下村亮太朗(法2・慶應)さんはビザを担う。加えて、大きなお金が動く大会運営には責任が生じるが、そうした経験を社会人になる前に経験できるという点もメリットだという。三つ目は活躍する選手が変わることだ。強い選手だけでなく英語に強い部員・パソコンやスマホを使った編集・広報が得意な部員が必要となる。

また、コロナ禍で3年ぶりの開催にあたり日置さんは「引継ぎの大切さ」が身に染みたという。例年であればこれまでの運営で経験値を積んだ上の代の指導をあおぎながら運営するが、期間があいたことで経験している人が少ない。さらに、口頭で伝えることが前提とされていたためマニュアルも十分にはない。一方、マニュアルが無いからこそ生まれた緊張感もあった。ただ、今回の経験を生かし大会が終わった今はマニュアルづくりに励んでいるそう。紙だけでなくSlackなどのコミュニケーションツールも併用し、「マニュアルを参考にしつつその時代に合わせた大会にしていければ」と意気込む。

楢岡佑佳さん(左)と日置和暉さん(右)

 

「解剖!横浜慶應チャレンジャー(後編)」では今大会で初の取り組みとなった「サステナブル」な活動を取り上げます。後日掲載しますので、ぜひお読みください。

※写真提供:慶應義塾体育会庭球部

(取材:松田英人・五関優太)

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