【ラクロス(男子)】「自分の選択を正解に」慶應ラクロスを想い、選手と共に駆け抜けた4年間/4年生卒業企画「光るとき」 No.36・糟谷凌玖

男子ラクロス

25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第36回となる今回は、男子ラクロス部・糟谷凌玖(政4・慶應)。AS(アナライジングスタッフ)として、アナライジングのほか様々な業務を担い、慶應ラクロス部を支え続けてきた縁の下の力持ちだ。慶應義塾高でプレーヤーだった彼は、どんな思いで大学4年間をラクロス部に懸けてきたのか。「日本一」を支え続けたスタッフの4年間に迫る。

ただ、ラクロスが好きだった

慶應義塾普通部時代の友達とともに、慶應義塾高でラクロスを始めた糟谷。「正直上手い訳じゃなかったけど、自主練も含めてとにかく友達とラクロスをしている時間が楽しかった。ラクロス自体はすごく好きでした」と当時を振り返る。高校3年時にはリーグ戦でベンチ入りを果たしたが、チームは1勝もできないまま引退を迎えた。不完全燃焼で終わったものの、選手としては通用しないと感じたために大学でもラクロスを続けることは考えていなかった。それでもラクロスが好きだった糟谷は、スタッフの存在を知ると仲の良かった友達とともに慶大ラクロス部への入部を決意した。

慶大ラクロス部のASとして

慶大ラクロス部に入部すると、高校時代の競技経験を一番活かせるという理由でASになることを選んだ。スタッフは他にもマネージャーやトレーナーなどに分類されるが、練習の備品準備や会計、戦評の執筆など、役職を超えて一人ひとりが様々な業務を担っている。その中でも、糟谷は部の公式インスタグラムに掲載する戦評の執筆や、協会への登録、審判活動、ベンチワークに関わっていた。特に審判活動は「初めて先輩と一緒に走った時に楽しかったし、どこか選手をやりたかった気持ちもあったので。選手と同じ目線で、選手と一緒に走れるというのが嬉しくてちょっとずつのめり込んでいきました」と心の内を明かしてくれた。

試合動画を撮影する糟谷(ラクロス部提供)

1年時は、膨大な量の備品の名前や仕事内容をひたすら覚える日々だった。オフの日でも備品準備のために朝早く日吉に通ったり、暑い中3、4時間備品置き場の掃除をしたり、「最初は何が何だか分からなかった」という。それでも、実際にベンチで立つ機会があったり、新人戦で同期が戦う姿に刺激をもらった1年生だった。

一方で、2年生は「あまり頑張れなかった年」だった。一番大変な仕事を後輩が担当し様々な業務に携われた分、その事実に満足して気が緩んでしまったという。チームも関東FINAL4で敗れ、全日本大学選手権大会に進むことができなかった。この敗戦は、糟谷にとって一つの大きな転機となった。「2年生の時のFINAL4の法政戦はすごい印象に残っていて。負けた時の最後の5分間の景色は今でも鮮明に覚えているし、自分の中での当たり前が壊れた試合だった。普通にやっているだけでは慶應でも勝てないんだというのを思い知らされて、自分の行動とかが変わるきっかけになった試合だった。部活への向き合い方を振り返る機会がなければ、いろんなことに気づかないまま上級生になっていたかもしれない」と話してくれた。他方、同期で戦ったあすなろカップでは関東優勝を果たすなど様々な収穫のある2年生だった。

大きな転機となった2年時の関東FINAL4

本気で「日本一」に貢献したい

3年生は「正直、一番頑張れたシーズンだった」と振り返る。前年度の関東FINAL4敗退を経て、藤岡凜大(25卒・現Stealers)率いるチームには「何としても勝たなければいけない。もう一回ここで連続で負けたら終わり」という雰囲気があった。2年生の頃の後悔とお世話になってきた1つ上の先輩たちのために細かい仕事も進んで引き受け、がむしゃらに走り続けた。チームとしてもシーズン当初は怪我人も多く結果は振るわなかったが、全日本大学選手権大会優勝を果たし、全日本選手権大会まで辿り着いた。糟谷は印象に残っている試合として、この年の全日本大学選手権大会FINALの明学大戦を挙げた。「このチームで勝てなかったら勝てるわけがないと思っていたし、下馬評の高かった明学に8ー2で勝てて、先輩たちと一番長くラクロスできる安心感とか嬉しさで結構印象に残っている」という。先制点こそ献上したが、主将でエースの藤岡がゴールを決めた瞬間に勝利を確信したとも話してくれた。「練習を見ていても、選手がお互いに要求しあっているレベルが高かったし、その前年で負けていた分なんとしても勝たなければいけないという思いが、ベンチメンバーも応援していた人たちも全員あった。日本で一番優勝したいという気持ちが強かったチームで、そこが勝てた要因なのかなと思っています」と勝因を分析していた。個人としても、学生日本一に貢献できたという実感と審判活動での成長があり、一番満足のいくシーズンだった。

3年時にチームは学生日本一に輝いた

4年生は、楽しさよりも辛かったことの方が圧倒的に多かったと語る糟谷。シーズンの早い段階で、Aチームのベンチワークに携わるという夢が叶わないことが分かり、悔しさから素直になれない部分もあった。「ラストイヤーは自分に何ができるのか、直接的にAチームの勝利には関われなくなってしまったので、後輩のスタッフに対して残せることをずっと考えていましたね。だからこそ、ASとしてやらなければいけないことは3年生よりも高い水準でちゃんとやっていた自覚も頑張った記憶もあるし、あまりコミュニケーションは得意な方じゃないんですけど、色んな人と話してみるように心がけていた」と語っていた。チームは、早慶戦優勝、リーグ戦ブロック全勝で着実に日本一へと歩を進めていたが、全国への切符をかけた関東FINAL4で明学大に2−9で敗戦。「あまりにも予想外の終わり方だったので。これからって時だったので頭が真っ白になったというか…今でもめっちゃ鮮明に覚えているし、寝る直前とかにふっと急に思い出したりはするので、心残りはあります」と率直な思いを明かしてくれた。

 

慶應ラクロスが大好きだった

この4年間で残せたものー。それは部活に対する熱意や姿勢、慶應ラクロスが好きだという気持ちだという。とにかく強くて、どのチームでも一人ひとりが悩みながらもこの4年間をどう過ごそうか考えている。そんな主体的に頑張る部員たちの姿が、糟谷が慶應ラクロスが好きな理由だという。「自分の慶應ラクロスへの想いがちょっとでも伝わって、部活への向き合い方を考えるきっかけになればいいかなと思います」とも話していた。だからこそASとしてとにかく色々な動画を見て、選手とたくさんコミュニケーションを取ることを大事にしていた。ラクロスという競技自体が好きなこともあり、スカウティングで他大学の試合に足を運び、ひたすらに動画を見て他チームを分析。スタッフでありながらも選手と競技について話す機会を持つことを大切にしていた。

また糟谷が筆を執った戦評には、部員へのリスペクトと愛があった。自身の書いた文章を何度も読み直して、リズム感、一文の長さ、同じ言葉を繰り返さないなど、細かいところにまでこだわっていた。さらに「ビッグプレーはもちろんですけど、苦しんでいた人とか、長い怪我から復帰した人とか、この人の名前を出したら喜んでくれるだろうなみたいな人が良いプレーをしたら切り取って書くようにしていた。あとは、ATとかGとかロングとか活躍が分かりやすいポジションだけじゃなくて、FOとか、DMFとか目立ちにくいけど絶対必要な人たちというところにちゃんとスポットを当てて書いてました」と教えてくれた。

そんな糟谷の思う慶大ラクロス部の強さは「マインドセット」だ。「ほとんどの大学が大学日本一を掲げている中で、慶應は本気で社会人に勝とうとしているというのがまず違うし、学生に負けないのは当たり前だよねっていう結構すごいことを言っているんですけど(笑)…その伝統がずっと受け継がれているので、そこもあって結構強いのかなと思っていました」と話してくれた。その上で「FINAL4で負けて弱い代って言われる大学は他にないと思うんですけど、FINAL4で負けるのってやばいっていうマインドセットとか、優勝できなかった代ねってなる雰囲気とか、全日(全日本選手権大会)に行けて当たり前という雰囲気があることは決定的に違うし、そこが強い秘訣かなと思っていました」と続けた。

自分の選択を正解にできた7年間

糟谷は慶應ラクロスでの7年間を振り返り、「ラクロスを選んで良かったし、この競技を選んだから色々な経験ができたので、当時の自分の選択が間違っていなくて良かったし、入って良かったなと思いました」と真っ直ぐに答えてくれた。

早慶戦での同期スタッフ写真(写真右上2番目)

糟谷が残した慶應ラクロスへの想いー。それを継承する後輩たちが、きっと「日本一」を掴む姿を見せてくれるだろう。

(取材:長掛真依)

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