25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第62回となる今回は、女子バスケットボール部の河村さくら(文4・松陽)。下級生時代から試合に出場し、人一倍強い責任感でチームを支えてきた河村。慶大女子バスケ部のエースとして歩んだ軌跡をたどる。
高校バスケと大学バスケのギャップ
河村は、姉の影響で小学1年からバスケを始める。慶大バスケ部に入部すると、河村は高校バスケと大学バスケの違いに驚かされたという。「指示を受けてやるのが高校バスケ。学生主体でやるのが大学バスケ。指導者の助言を体現するだけでなく、勝つためにどうすれば良いかを考えるということが一番の違いだった」という。こうして河村は、主体性が問われる大学バスケの扉を叩いた。
国体経験者としての気概
高校時代には国体の選手に選抜されるなど、高い実力を持っていた河村。レッグスルーなどの高度なスキルを毎日練習してきたため、慶大バスケ部に入部してからも特にオフェンス面のスキルを評価され、武器になっていた。
また、下級生の頃から試合に出場し続ける中で、自分がチームを引っ張らなければならないという思いが年々強くなっていく。その背景には、Aチームにいた際に同期が支え続けてくれた経験があったと語る。

早慶戦での河村
周囲を頼る意義
かつて河村は、先輩から「周りをもっと頼っていいんだよ」と声をかけられていた。それは、自分がやらなければいけないという思いを抱え込みすぎていたからだった。

六大学対抗戦・東大戦
引退直前の最後のチーム練習で、河村はその言葉の意味をようやく実感する。責任感の強さゆえに周囲を頼ることができなかったが、チームの成長を考えれば役割を分散する方が全体にとって有益であり、結果として個々の力も伸びるということに気づいたという。
引退試合である六大学対抗戦の明大戦では、河村自身も満身創痍の状態で試合に出場していたが、「勝負どころでは試合に出て自分の役割を全うしつつ、休むべき場面では周囲に託すというはっきりした区別を持って試合に臨めた。最後までプレーし続け、自分の実力も最大限発揮することができた」と話す。

リーグ戦・上武大戦
心技ともに成長した4年間
河村は4年間を通じて、ガード・フォワード・センターのすべてのポジションを経験した。「その経験があったからこそ、それぞれに求められる役割を認識し、自分のプレーの幅が大きく広がった」という。それだけでなく、精神面でも大きな変化があった。下級生の頃はチームの迷惑にならないことを最優先に考えていたが、次第に自分の意見を周囲に伝えられるようになったと振り返る。
河村は4年生のシーズン始め、「心から笑って引退する」という目標を掲げていた。引退試合では惜しくも明大に敗れたものの、そこには笑顔でチームメンバーと言葉を交わす河村の姿があった。「みんなのおかげで達成できました」と笑顔で語る様子は、まさにその目標を体現していた。

六大学対抗戦・明大戦後の河村
(取材:本橋未奈望、新妻千里 記事:新妻千里)

