【五輪】2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック出場選手塾長招待会

式の最後は若き血の斉唱

式の最後は若き血の斉唱

6人のオリンピック戦士が慶應義塾に帰ってきた。10月1日、三田キャンパスにてロンドンオリンピック・パラリンピック出場選手塾長招待会が開かれた。この式典は清家塾長のご挨拶から始まり、各選手のご挨拶、放送研究会所属の司会者によるインタビューが行われ、最後は来場者全員による若き血の斉唱で幕を閉じた。

 

2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック出場選手塾長招待会

2012年10月1日(月)18:10~

@慶應義塾大学三田キャンパス 西校舎ホール

 

オリンピック

氏名(所属) 競技名 種目名 結果
横田 真人(10‘環卒、富士通) 陸上 男子800 予選第5組敗退
三宅 諒(文4) フェンシング 男子フルーレ個人男子フルーレ団体 2回戦敗退銀メダル獲得
立石 諒(環4) 水泳 男子100m平泳ぎ 男子200m平泳ぎ 準決勝進出→10位敗退銅メダル獲得
山懸 亮太(総2) 陸上 男子100 男子4×100mリレー 準決勝進出→第3組6位敗退5位入賞
土居 愛実(環1) セーリング レーザーラジアル級 総合31
 

パラリンピック

氏名(所属) 競技名 種目名 結果
高桑 早生(総2)       陸上 女子100女子200女子走幅跳 7位入賞7位入賞15位
 

 

清家塾長 ご挨拶

皆さん、オリンピック、そしてパラリンピック出場おめでとうございます。今年のオリンピック・パラリンピックには慶應義塾から7名の選手が出場されました。こんなにたくさんの塾員、塾生がオリンピックに出場されるのは、1964年に開かれた東京オリンピック以来だと言われておりまして、それだけに私どもは、今年のオリンピックはいつもに増して応援に熱が入りました。それから今回のオリンピックは東日本大震災が起こった次の年に開かれたということもあって、オリンピックの日本代表選手が一生懸命プレーされる姿が被災地、そして日本全体を大きく力づけてくれたと思います。改めてスポーツの持っている力というものを再確認したわけでありますが、そういう形で日本社会に大きな力を与え、貢献してくださった今年のオリンピック選手の中に、たくさんの塾員、塾生がおられたということは私どもにとっても誇りでありますし、大変ありがたいことでもあります。本日、ここに来ておられる選手は学業をしっかりと修めながら、同時にそれぞれのスポーツにもしっかりと取り組んでオリンピック・パラリンピック出場という偉業を成し遂げられた、文武両道を実現された慶應義塾の模範的なアスリートだと思っています。皆さんにはこれからも学業へと取り組み、それぞれのスポーツにも精進され、これから社会に出ていく中で必要な力をますます高めて頂きたい。そしてそのことが他の體育會部員、あるいは體育會以外の塾生にも良い刺激を与え、慶應義塾がさらに発展していくように貢献していただければと思います。

 

 

【選手挨拶】

横田 真人(陸上、男子800m)

2010年に総合政策学部を卒業し、富士通に入社して3年目になりました、横田と申します。今日はこのような会を開いていただき、ありがとうございます。僕が大学3年の時に北京オリンピックがあったのですが、その時は全日本選手権で負けてしまいました。その時からオリンピックには強い思い入れがありまして、大学を卒業してからもオリンピックを目指して陸上競技を続けてきました。この4年間、海外に行って海外の選手と一緒にトレーニングをするなど、チャレンジをしてきましたが、SFCや慶應で学んだ心を実践することができました。慶應の代表として、そして日本の代表としてあの舞台に立てたというのは誇りに思っていますが、それで終わりにするのではなく、さらなる飛躍を遂げたいと思います。これからも応援宜しくお願いします。

 

 

三宅 諒(フェンシング、男子フルーレ個人、団体)

只今ご紹介にあずかりました、文学部4年三宅諒です。僕は慶應義塾の体育会に高校から入りまして、今年で7年目になります。今回本当に体育会の皆様に感謝したいと思っていました。慶應義塾には「気品の泉源、智徳の模範」という言葉がありますが、慶應義塾の体育会は一つの目標に向かって高め合っていくというのがあるのではないかと思います。清家塾長もおっしゃったように、文武両道という言葉があり、それを大事にする大学だからこそ、メダルが取れたのではないかなと感じています。4年後にはリオデジャネイロでオリンピックが開催されますが、その時は僕がチームの中心になって頑張って行きたいと思いますので、皆さん応援宜しくお願いします。

 

立石 諒(水泳、男子100m平泳ぎ、200m平泳ぎ)

今日はこのような会を開いていただきありがとうございます。今回200m平泳ぎで銅メダルを取れましたが、僕は北京の選考会では0.1秒で負けてしまい、出場できませんでした。

ですが、この4年間、慶應義塾体育会水泳部競泳部門の仲間たちが僕のことを必死で支えてくれて、辛いときも悲しいときもいつも一緒に笑っていることができました。ですから、オリンピックという4年に1度の舞台で形を残せたこと、そしてみんなで取ったメダルだと胸を張って言えることがとても嬉しいです。慶應義塾に入学できたことはこれからもずっと僕の誇りですし、将来は後輩たちとも一緒に日本代表として活躍したいです。

 

 

 

高桑 早生(パラリンピック陸上、女子100m、女子200m、女子走幅跳)

私は、オリンピックの後に同じ会場で行われる、パラリンピックに出場してきました。見た目はわからないかもしれませんが、右足の膝から下は義足をつけて生活しています。現在は体育会競走部に所属し、仲間たちと一緒に練習しています。私のような障害を持つアスリートは、なかなか受け入れてもらえるところが少なく、慶應義塾に入学したときは、あたって砕けるつもりで体育会競走部の門を叩きました。そのとき、「一緒に頑張ろう」と言っていただいたことにとても救われました。今後もそのときの気持ちを忘れず、また1から鍛えなおしていきたいと思います。

 

山懸 亮太(陸上、男子100m、男子4×100mリレー)

総合政策学部2年山縣です。大学に入った当初、ロンドンオリンピックは全然意識していませんでした。競走部の環境は自由でそこに入って日々練習を積んでいく中で、自分でやらなければならないという強い思いが生まれて、取り組んだ結果オリンピックに出場することが出来ました。僕はつらい思いを経験できたからこそ今があると思うし、そういう思いを感じさせてくれた慶應には感謝しています。今回は準決勝で敗退してリレーも5位という結果に終わってしまったのです。すごく悔しかったし自分の未熟さも感じました。4年後はブラジルのリオがあるのでしっかり成長した姿を皆さんに見せたいと思います。

 

 

 

 

土居 愛実(セーリング、レーザーラジアル級)

環境情報学部1年のセーリング女子レーザーラジアル級の土居です。本日はこのような素晴らしい会にお招きいただきありがとうございます。私は4月に慶應義塾に入学して、春学期は休学をしていました。それで競技に専念させていただきました。今回は本当にいい結果が残せず、出ただけの状態になってしまったのですが、次のリオではメダルが狙える位置にいけるように、これから日々精進していきたいと思います。よろしくお願いします。

 

 

 

【インタビュー】

横田 真人

(初めてのオリンピックはどうでしたか)今まで数多くの世界大会に出てきましたけど、独特の雰囲気や高揚感というのはありました。それは自分自身楽しむことができたので良かったなと思います。(4年前と何が変わったか)世界に出ていかなきゃいけないとか、危機感を感じ始めていました。実際にこうして世界に出られて良かったと思います。(今後に向けての決意を)今回はいい経験をさせてもらえたと思うので、この経験をスタートラインとしてやっていきたいと思いますし、この経験を次世代に伝えて中距離を引っ張っていけるように頑張っていきたいと思います。4年後は800メートルに出るかわからないですが、1500メートルなどにもチャレンジして、もっと世界出ていきたいと思います。

 

三宅 諒

(周りの学生から何か声をかけられることはありますか)フェイスブックなどでお祝いのメッセージは良くもらいましたが、三田を歩いていてもあまり声はかけられないですよ(笑)(準決勝のドイツ戦はハラハラする展開でしたが、どのような心境でしたか)太田選手はちょっと調子が悪かったんです。こういった中で選手みんなで何としてもメダルを取ろうと声を掛け合っていました。(三宅選手はメダル獲得に大きく貢献されました)オリンピックではいい結果を残せたかなと思いますが、また気持ちを改めて次の試合を迎えたいなと思います。(今後に向けて力強い一言を)フェンシングは4年前に太田選手がメダルを獲得されて注目される競技になりました。そして今年、団体でメダルを取り、フェンシングは期待される競技になりました。そして4年後は期待に応えて金メダルを取れるようにしたいと思います。応援宜しくお願いします。

 

立石 諒

(銅メダル獲得おめでとうございます。100mで決勝進出を逃した後、200mに向けてどのように気持ちを奮い立たせましたか)100mでそんなに落ち込んでなかったし、200mが勝負だと思っていたので特に切り替えることはなかったです。200m決勝では隣のレーンが北島選手でしたが、レース中に意識したことは何ですか)周りを見ずに落ち着いて泳ぐと決めていたので、特に意識したことはないです。(レース後の気持ちは)死ぬ気で泳いだ後、支えてくれた人たちの顔が走馬灯のように出てきて、本当に死ぬのかなと思いました。(これから競泳界の若い力をけん引する存在になりますね)これからも平泳ぎという種目は注目されて、どんどん世界記録が出てくると思います。これからもしっかりやっていきたいです。

 

高桑 早生

(パラリンピックで学んだことは)初めてのパラリンピックで、とにかくチャレンジャーでいようと思っていました。世界の選手は本当にすごい人ばかりで、私もあの中に入りたいと強く思いました。(高桑選手の原動力は何ですか)単純に走ることが楽しくて。4年前のパラリンピックで憧れの選手の走りを見て、私もあんな風に走りたいと思って頑張ってきました。パラリンピックという舞台が原動力でした。(競走部の仲間は)同じ部員の1人として接してくれて、義足やパラリンピックにも興味を持ってくれて。本当に仲間の支えは大きかったです。4年後に向けての目標は)メダルを狙える選手になること、そして多くの人にパラリンピックを見てほしいです。パラリンピックを是非よろしくお願いします。

 

山懸 亮太

(初めてのオリンピックはどうでしたか)初めてのオリンピックでしたけどオリンピックはいうほど緊張しませんでした。(100mに出場し準決勝まで行きました。この結果についてはどうですか)準決勝で負けてしまったことに関しては純粋に力不足だったと弱かったと思います。(これからは若い選手ではありますけども下の選手から追われる立場というのはどうですか)これから年とっていったらどんどん下の選手がでてくる、それは仕方がないことですけど、自分が成長していけば関係ないかなと思います。(今後に向けて一言お願いします)今回のオリンピックは自分の中でも課題が残ったんですけど4年後のリオでは皆さんの記憶に残るような活躍をしたいと思っています。

 

土居 愛実

(セーリングレーザーラジアル級では日本人として初めてのオリンピック出場でしたが、オリンピックの舞台を踏みしめていかがでしたか)初めての出場ということで緊張があったんですけど初めて出場できてよかったです。(過酷なレースをこれまでたくさん続けてきたわけですが、土居選手にとってセーリングはどのようなスポーツになっていますか)もう小学校二年生からずっと続けてきたんで、本当私の生活の一部になっているのでなくてはならない存在で、一生やっていきたいなと思っています。(最後に皆さんに力強い一言をお願いします)セーリングはまだまだマイナースポーツなので私が活躍することによって日本中のみんなに知ってもらえたらなと思います。リオを目指してこれからもがんばります。よろしくお願いします。

 

 約1時間という短い時間ではありましたが、式は終始和やかな雰囲気で行われ、選手たちも時折笑顔を見せていました。各選手の益々のご活躍を心よりお祈り申し上げます。

 【取材・茂藤 竜太郎、大場 結佳、古尾谷 拓真、堀越 雄太】

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