2022年11月6日、秋季リーグ戦連覇を狙った慶大は早慶戦に連敗し、「チーム下山」の戦いが幕を閉じた。当時主力だった主将・下山悠介(現・東芝)ら多くの4年生が抜け、チーム事情は厳しかった中で、堀井哲也監督は廣瀬隆太(令6商卒・慶應)を次期主将に据えて賜杯奪還を目指した。そして1年後、「チーム廣瀬」は2年ぶりの秋季リーグ戦優勝、明治神宮大会制覇を成し遂げることになる。今回は偉業の当事者たちであり、今春卒業する4年生たちが「チーム廣瀬」の1年間の戦いぶりを振り返る。
「3年生の頃までほとんど試合に出ていなくて、3年秋の早慶戦も途中出場したんですけど全然打つことができなくて、目の前でワセダに負ける経験をした時に、『自分の力って大したことないんだな』ということを思い知りました。」
当時3年生ながら早慶戦を経験し、のちに三冠王にも輝く栗林泰三(令6環卒・桐蔭学園)は自身の実力と新チームの行く末に絶望したという。圧倒的な実力を誇った上級生の敗戦と秋季リーグ連覇を逃した事実は、下級生たちにプレッシャーとして重くのしかかった。しかし同時に、栗林にとっては覚悟が決まった瞬間でもあったという。
「このままじゃリーグ優勝とか本当に無理なんだなと自覚した瞬間でしたし、自分の中でターニングポイントになった瞬間でしたね。自分が活躍しないとリーグ優勝は見えてこないですし、そこから野球に対して本当に真摯に向き合わなければならないという気持ちになりました」
新チーム始動当初は「ドラフトで指名されたい」という思いがあったものの、そこに行き着くまでの課題が山積していた。そこで栗林が取りかかったのが「言語化」だった。今までの練習では自身の感覚の良し悪しに従って取り組んだ結果、以前と同じ課題に行き着くなど明確な成長を感じにくかったというが、「野球ノート」をしっかりと書くようになったことで、次のレベルまで早く到達できるようになったという。
「課題と言ってもやっぱりたくさんありますし、(練習を)やっているうちに次の課題が色々見えてきたりするんで。(課題を)覚えていないのはたぶんそういうことが原因で、それよりも練習の仕方をちゃんと改めたっていう感じですね」
ただすぐに結果が表れたわけではなかった。春の鹿児島キャンプでは薩摩おいどんカップに参戦して九州の大学や社会人野球チームと数多く実戦を重ねたが、栗林本人も「打てている感覚がなかった」と評するほど打撃不振を極めた。「結果が出ていればリーグ戦になったときに打てる自信が湧くと思うのかもしれないですけど、試合に出た経験も浅ければ結果を出したこともないので…」と、春のリーグ戦が近づくにつれて結果が出ていないことへの不安が募っていくばかりだった。
迎えた春のリーグ戦は、開幕戦の法大1回戦で1安打を放って以降、3戦無安打と力を発揮できずに苦しんだ。開幕時は上位打線を任されていたが、続く明大2回戦では打順が7番まで下がっていた。しかしこの一戦で放った1安打が、栗林の心境を大きく変えることになる。
「あの試合くらいから緊張が解けたというか、一本出たことでだいぶ気持ちが楽になりましたね。あと技術的な話で言うと、それまでバットを長く持っていたんですけど、打とうという意識が強くなって大振りになっていました。そこを監督から、バットを短く持つように言われて、少しずつ良くなり始めたので、この試合が1つのキッカケになったのかなと思います」
明大戦では2回戦以降で計4安打を放つなど打撃の状態が上向き始め、東大2回戦からはついに4番を任されるようになる。その後も不調を取り返すように打ち続け、気づけば打率、打点、安打数ではリーグ5位以内をキープ。春の早慶1回戦では先制2ランを放つなど、前年秋に悔しい思いをした早慶戦でのリベンジも果たした。そしてチームは早慶戦で勝ち点を挙げて3位に食い込み、栗林は外野手部門でベストナインを獲得したのである。躍進のシーズンとなった春のリーグ戦を栗林はこう振り返った。
「不安の中で迎えたリーグ戦だったんですけど、徐々に結果も出てきてベストナインを取れたと思うので、評価してもらえてうれしかったです。でも個人のうれしさよりもチームの3位という結果をどう受け止めて、優勝するために一人ひとりが何をすべきかを考えなきゃいけないと思いました。(チームの立ち位置的には)自分たちの取り組みかたを変えれば、優勝は見えてくるんじゃないかなって感じていました」
春のリーグ戦終了後、栗林は当初持っていた目標を修正する。「本当に日本一になりたい思いが強くて、そのためには三冠王を獲るくらいじゃないとダメだと思いました」と、この時に初めて「三冠王」を意識し、目標として設定し直した。
日本一への強い思いを持って再出発した栗林だったが、夏場のオープン戦では再び不調に陥ることになる。それでも春の不調と違ったのは、「心の余裕」だ。周りから見れば全く打てないように映ったとしても、栗林は三冠王だけを見据えて戦っていた。だから「別に結果が出なくても、三冠王を獲るためにはそういうこともあるよな」と精神的に余裕を感じながら過ごしていた。その余裕が、秋のリーグ戦で栗林が真価を発揮する要因となる。開幕カードの立大2回戦から最終カードの早大2回戦まで、実に12試合もの間連続安打を記録した。好調を維持できた要因について、栗林はこう語る。
「まず打席内では力が入ってしまうので、力を抜くっていうところをとにかく意識していました。もちろんバットを短く持つのも、芯に当てれば飛ぶっていうことが春に分かったので継続していました。ただそれ以上にメンタル面で、自信を持って打席に入ることをすごく意識しました。その自信をつけるために、毎日の練習をやり切って、不安を明日に持ち越さないことを毎日心がけていました」
春に勝ち点を落とした法大戦では2本塁打をマークし、続く東大とのカードでは2回戦で5安打5打点と大暴れ、明大戦でも1回戦で先制打を放つなど好調を維持し、いずれも勝ち点奪取に貢献した。同じ頃、目指していた三冠王へ向けて首位打者を争うライバルたちの活躍が耳に入るようになる。「めちゃくちゃ意識していました。もちろんチームの戦いに私情を持ち込んではいけないですが、(グラウンド外では)そのことをずっと考えていました」と語るほど、目標に対して強い意識を持っていた。優勝が懸かった早慶戦では、後がない2回戦で先制打を放つなど流れを呼び込み、チームは2年ぶりの秋季リーグ制覇を達成。同時に栗林は戦後17人目の三冠王とベストナインを獲得した。「素直にうれしかったですし、自分の強みである勝負強さをすごく発揮できたと思います」と偉業を振り返った。
だが続く明治神宮大会では、その肩書きが重くプレッシャーとしてのしかかる。安打は初戦の適時打1本に抑えられ、全国区の強豪を前に打棒が振るわなかった。「緊張があったのかもしれないですね…。三冠王に対する周囲の期待というか、日本一になれる切符を手にして、少し力み始めちゃったのかなと思いますね」と不振の要因を振り返るが、それでもチームは4年ぶりの日本一に輝いた。栄冠を手にした当時を振り返り、栗林は「周りやチームに助けられました」と、感謝の言葉を口にしていた。
日本一に輝いたあの日から5カ月、栗林はJR東日本で野球を継続し、都市対抗野球出場やドラフト指名を目指して日々鍛錬を積んでいる。社会人野球というハイレベルな舞台で戦う上で、学生時代から意識している「毎日の練習をやり切って、バットを悔いなく振り切ること」、「常に高い目標を意識すること」を絶やさずに持ち続けている。最後に今後の目標について聞くと、栗林はこう答えた。
「プロを目指さないと成長できないと思うので、そこを目標にはしていますが、まずこの1年の目標は『すべてにおいて突き抜けること』を意識していて、その結果として都市対抗の橋戸賞を目指して頑張りたいです」
今年の社会人野球界、そしていずれプロの世界を揺るがすであろうバットマン・栗林泰三の生き様に今後も注目だ。
(記事:宮崎秀太)