25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第9回となる今回は、ソッカー部の大下崚太(商4・慶應/東京ヴェルディユース)。名門ユース出身の大下は3年時に開幕スタメンを勝ち取るも、後期リーグの立正大戦で前十字靭帯を断裂。約1年の休養を余儀なくされた。それでも夢を諦めることのなかった大下。過酷なリハビリを乗り越え、4年時の早慶クラシコで見事復帰を果たす。ピッチで笑い、怪我に泣いた漢の4年間の軌跡を辿る。
小・中学生時代から活躍を見せ、名門・東京ヴェルディユースを経て、慶大ソッカー部へ進んだ大下崚太(商4・慶應/東京ヴェルディユース)。エリート街道を歩んできた大下は、1、2年時こそ思うような活躍はできなかったものの、3年時に開幕スタメンを勝ち取ると、前期リーグは全試合にスタメン出場。小さい頃から抱いていた「プロサッカー選手になる」という夢にも、少しずつ、着実に近づいていた。
国立競技場で行われた2024年の早慶クラシコ。前期リーグ戦で早大を4-1で破っていたこともあり、誰もが3年ぶりの早慶定期戦勝利を期待していた。しかし、結果は0-4の大敗。大下も後半途中での交代を告げられた。このときを振り返って大下は「もともと早慶戦にかける思いがすごく強かったわけではなかったんですけど、前期のリーグ戦で早稲田に勝った時に、OBとか応援してくださる方がめちゃくちゃ喜んでくれていたのが嬉しくて。だからこそ、クラシコで負けたときに悲壮感みたいなものを強く感じて、『大事な試合で負けてしまったんだ。勝たないといけないな』と思ったのを覚えています」と話した。
早慶戦勝利こそならなかったものの、8月時点でのリーグ戦順位は2位。目標とする「2部優勝、1部昇格」の達成に向けて、チームは再起を図っていた。そんななかでの悲劇だった。9月29日、関東リーグ第15節・立正大戦。滑りやすいピッチコンディションのなか迎えた59分、前方にパスを出した後、大下はその場に倒れ込んだ。前十字靭帯断裂。自力で歩くことすらできず、無念のままにピッチを後にした。
復帰までにかかる期間はおよそ1年。翌年の早慶クラシコに間に合うかどうかもわからない状態だった。それでも大下が全てを諦めなかったのは、同期をはじめとする仲間の支えがあったからだ。大下が離脱した翌週の第16節・拓大戦。田中雄大(商4・成城学園/三菱養和SCユース)がゴールを決めると、試合に出場していた選手たちが作ったのは大下の「O」のポーズだった。大下は「あのときの写真はいまでも本当に宝物みたいに大事してます(笑)。あの写真は一緒にプロ目指して頑張ってきた雄大(=田中雄大)や惠風(=角田惠風、商4・慶應/横浜F・マリノスユース)、俺の代わりに頑張ってくれてる昂大(=永澤昂大、政4・國學院久我山)とか奇跡的に同期しか映ってなくて。辛い思いをしてリハビリしたとしても、復帰できないかもしれないなと思ったときもありました。でもあのポーズを見たときに思った『もう一回サッカーやりたいな』『こいつらと試合一緒に出たいな』という気持ちがモチベーションになりました」と語る。
なんとか早慶クラシコに間に合わせようと懸命にリハビリを続けた大下。治療は順調に進んだものの、次に立ちはだかったのは恐怖心との戦いだった。「早慶戦まで残り1、2カ月ぐらいから対人メニューを始めたんですけど、もう一回左膝を怪我するかもしれないという恐怖心がやっぱりあって。頭では分かってるけど、身体が動かないっていう状況が続きました」と話す。実戦形式の練習に参加したのは早慶クラシコのわずか3週間前だった。それでも地道に努力を重ね、早慶クラシコは見事ベンチ入り。目標としていたスタメン出場は叶わなかったが、ようやく表舞台に復帰する機会が巡ってきた。

そして迎えた早慶クラシコ当日。4年生の見事なゴールでリードした慶大は、試合終了間際の82分、選手の交代を行う。ピッチサイドに立つのは背番号2。大怪我から復帰した漢・大下崚太だった。試合を締めくくる役割を言い渡された大下は、持ち味でもあり、怪我への懸念点でもあったヘディングでファーストプレーを飾ると、その後もきっちりとゴールを守り切り、チームは2-1で勝利。試合後大下は「去年の早慶戦とか自分の怪我のことを知っている1つ上の先輩たちが、自分のことのように泣いて喜んでくれてるのを見て、心の底から頑張ってきて良かったと思えましたね」と話した。
期待する後輩には同じく怪我で苦しむ高橋斡汰(新政3・桐蔭学園)と齋藤大斗(新総3・日大三高/FC町田ゼルビアユース)をあげた。サッカー人生が危ぶまれるような怪我をしたとしても、チームの勝利をスタンドから見届けたとしても、思い通りのプレーが出来なかったとしても、プロになるという夢が叶わなかったとしても、その先に得るものが必ずあることを大下は証明した。

8月17日、等々力競技場で、大下崚太が1年ぶりに早慶戦のピッチに立ったあの瞬間を、俺はまだ、目の奥に焼け付けている。
(取材、記事:塩田隆貴)


