慶應スポーツ新聞会

慶應義塾体育会ソッカー部×NPO法人Dooooooooアフリカスポーツ教育支援プロジェクト始動

7月7日(火)、ザ・リッツ・カールトン東京にて「慶應義塾体育会ソッカー部とNPO法人Dooooooooアフリカスポーツ教育支援プロジェクト始動」の会見が行われました。

会見後の記念写真

会見後の記念写真

 

 

《NPO法人Dooooooooとは…》
2008年慶應義塾大学経済学部卒の銅冶勇人氏が代表理事を務めており、2010年設立後、アフリカの過酷な環境下で生きる子どもたちの教育、医療サポート、雇用の創出、そして東日本大震災による子どもたちへのメンタルケアを中心とした復興支援を主な活動とする特定非営利活動法人。銅冶氏は慶大在学時代、アメリカンフットボール部に在籍。
 

銅冶氏は、「PASS ON PROJECT in Africa」で、2009年慶應義塾大学卒、現横浜F・マリノスの選手会長を務める中町公祐選手と共に、サッカーボールプレゼントプロジェクトを実施し、チームの勝利数に合わせてサッカーボールをアフリカの子どもたちへ届ける活動を行っています。これまでに、ケニア、ガーナ、スーダンの計3か国、述べ20か所に200個のサッカーボールを送っています。今回はこのプロジェクトの一環として、慶應義塾体育会ソッカー部の福井民雄総監督と須田芳正監督の協力のもと、アフリカの子ども達へソッカー部の伝統の黄色いユニフォーム200着を贈呈することが決まりました。

 

 

始動会見では、まず銅冶氏から今回のプロジェクトの概要説明があり、続いて福井総監督、横浜F・マリノス中町選手の順にご挨拶がありました。その後、銅冶氏からアフリカの現状に関して、中町選手から実際の活動に関してお話があり、質疑応答の後にソッカー部によるユニフォーム進呈が行われました。

 

 

慶應義塾体育会ソッカー部総監督・福井民雄総監督は、「我々ソッカー部が何か一緒になってできることはないかということで、中町選手と相談して、約200着のユニフォームを寄贈することを決めることにいたしました。我々ソッカー部としての社会的支援活動や貢献活動などの取り組みをやっていこうと考えていたところですので、一緒にできるというのは本当にいいことだと喜んでおります。」と喜びのお言葉を述べられました。

福井民雄総監督

福井民雄総監督

 

 

横浜F・マリノスの中町公祐選手は、大学時代に湘南ベルマーレに所属したのちにサッカーの場を慶應義塾体育会ソッカー部に移し7年ぶりの1部リーグ昇格に大きく貢献しました。

会見では、「福井さんや当時の監督含め、ソッカー部の皆さんに非常にお世話になり、卒業してプロサッカー選手に戻った後も慶應義塾体育会ソッカー部に対する愛情がものすごく感じられました。

(自身がサッカーボールを寄贈した際)アフリカの子どもたちがサッカーボールを追いかけているのはもちろん大事なのですが、横浜F・マリノスのエンブレムが入っているボールを蹴るというのも非常に個人的には感慨深いものがありました。今回の慶應義塾体育会ソッカー部のユニフォームというのもまた、そういう意味で非常に意味があるのかなと感じています。」と、母校とのプロジェクト始動への想いを述べられました。

中町公祐選手

中町公祐選手

 

 

銅冶勇人代表

銅冶勇人代表

 

銅冶氏は、「日本の子ども達にとって当たり前のことがアフリカには全く当たり前になっておらず、子ども達はそれぞれが非常に心に闇を抱えて生きているという現状が見られました。ただ、その子ども達はすごい笑顔で、その中で子どもたちが1番熱中して楽しんでいるものがサッカーでした。

しかし、サッカーボールというものがアフリカの子どもたちにとっては夢のまた夢でして、布をひもでぐるぐる巻きに巻いたりして自分たちで作ってみんなでサッカーをしている、それが当たり前の光景です。新品の横浜Fマリノスのエンブレムが入ったサッカーボールを手にした時の子ども達の笑顔というのは、僕にとっては忘れられない、心に大きく響いた笑顔でした。

今回、ソッカー部の方々にこういったサポートをいただいて、このプロジェクトをスタートさせていただきましたが、黄色の伝統のユニフォームをアフリカの子どもたちが今後着ていくということを想像するだけで、胸がいっぱいの想いです。」と胸のうちを明かしました。

 

しかし銅冶氏は、「日本ではまだまだこういったアクションは非常に少ないなというように個人的には思っています。」と危惧しています。その中で、中町選手とソッカー部のプロジェクトに関して、「誰かのためにアクションを起こせるようなスポーツ選手がどんどん増え、スポーツで感動させることだけでなく、自分のプライベートな時間を使ってアクションを起こしていくことが当たり前の素晴らしい世の中になっていくのではないのかなと思っております。

今回のソッカー部とのプロジェクトですが、この活動を通じて学生の方々にも少し考えて頂きたい。自分たちがいかに恵まれた環境でスポーツができているかということをもう一度再認識して、今回のプロジェクトを通じてアフリカの現状を知り、自分たちができることを考えて頂けたらなと思います。」との期待も込められています。

現役サッカー部部員と銅治代表、中町選手

現役サッカー部部員と銅治代表、中町選手

 

                                                                                                                 (取材/記事 池田麻里子、河合佳祐)

 

 

 

以下、銅冶氏と中町選手のインタビューです。

 

◆銅冶勇人さん

――銅冶さんがアフリカ支援を行ったきっかけは

「幼少期に『ウルルン滞在記』という番組に憧れがあり、大学4年の卒業する前に自分でやってしまおうということで、マサイ族にホームステイに行ったということがアフリカに降り立ったきっかけです。スラム街に行った時に現状を目の当たりにして、何もアクションを起こさないは自分の中で許せない、これを見たからには何か自分が起こさなければいけないと思いました。『電車の中でお年寄りがいたら席を譲る』という行動と変わらないと思います。」

 

――NPOの活動を行うにあたって苦労した点

「自分の活動が全く今まで自分の知りえないアフリカ大陸という場所なので、そこで人からご寄付をいただいて、いろんなアクションを起こすということはある意味自分が大きな責任を感じているという部分がありますね。

知らない地域で学校を建てたり、工場を作ったりするときに莫大なお金が必要になりますが、それを現地の人とどうコミュニケーションをとって、自分がどうやっていくかという点になかなかグレーな部分がたくさんあります。それにやはりアフリカ人は日本人と聞くと、タクシーの運転手でも15倍くらいの値段をふっかけてくるということもあります。そういうことが平気で行われる社会で、いくら信頼しても裏切られるということの繰り返しなので、そういったものひとつひとつをコミュニティの人と作り上げていかないと、ただただお金を投じて終わりというよくある形になってしまいますね。

現地の人と協力して作っていくことが長い目で見たら、ものすごく大事なことだなと思います。いずれは僕が何もしなくなるというのがゴールだと思っているので、彼らだけでその組織をやっていけるようになるのが一番いいので、そのためには一つの組織をコミュニティの人と作り上げることが困難だけど、大事なことだと思っています」

 

――欧米と比べてアフリカ大陸での活動をするNPO団体が日本に少ないことについて

「そもそも日本はお金を稼ぐことをよしとしない国というのがありますね。稼いでる人に対して、ものすごく冷たい目を持ちますよね。NPOという組織に就職しようという学生もほとんどいないと思います。

だけどアメリカでは大学生の就職したいランキングに2つか3つNPO組織が入っていたということがあります。それはNPO自体がしっかりと給料を払って、しっかりと世の中に貢献することをクリアに表現できていること、そしてひとつひとつに意義があります。やはり給料というところで、アメリカの組織はしっかり払うことができていますが、日本の組織はできていない。なんとなくNPO=いい生活をしているのはおかしいというような固定概念があることで、優秀な人材がそろわないという現状があります。それをしっかり変えて優秀な人材を集め、もっと大きな組織にするためにはしっかりとした対価を払うことが必要だと思います」

 

――東日本大震災の被災地支援について

「実際に震災の1週間後に物資の援助に行きました。そこで物資の援助は誰にでもできると思ったので、アーティストの方と協力して絵を描き始めました。壁画や通学で使うバスに絵を描くことをずっと継続してやっています。この活動を来年も行う予定で、岩手県の宮古市の市長さんと関係を深めたことで、全長2キロくらい、縦が4メートルくらいの新しい防波堤のようなものに絵を描いてほしいと依頼を受けました。

その他にも東京で活躍しているアーティストの人や自分で会社を築いた人たちを東北に連れて行って、そこで子供たちの前で授業をしてもらうなどのアクションも行っています」

 

――学生に向けてのメッセージ

「みんなNPOの組織で何かするとか、ボランティアとして何かするとか考えた時に、すごく大きなことを思い描いてしまうというのがあると思います。大きなことをして成功することをイメージしてしまうと、準備も大変でやるまでのプロセスで断念してしまう人が非常に多いです。

やはりすごく身近なことでアクションというのは起こせるということをイメージしてほしいです。決して大きなことをやるのがすべてではないし、小さなことをみんなでやることが大きなことにつながると思います。誰かのためにアクションを起こすというのが身近のことであることをNPOの組織の人間として言いたいです。

慶應の卒業生としては、社会人になってから特に感じることですが、慶應義塾という学校のタテ、ヨコのつながりの強さをよく感じます。OBやOGの方があらゆる分野で世界で活躍されている方がたくさんいるので、そういった人たちにどんどんアプローチしてそういった人たちと張り合えるような存在なんだということを意識して、小さなことにまとまらず、大きなことをどんどんやっていってほしいなと思います」

 

 

 

◆中町公祐選手

――このプロジェクトに参加したきっかけは

「銅冶さんの『お年寄りがいたら席譲るでしょ?』っていう話と同じで、『目の前に水が欲しいと言っている子どもがいたらどうする?水あげるでしょ?』という(銅冶氏の)問いかけが始まり。自分の場合は、『じゃあ俺サッカーボール送るわ』というのがスタートでした。」

 

――アフリカの現状を聞いて、どのように感じましたか

「自分の生活とはかけ離れすぎていて、実感がわきませんでした。今の当たり前の現実とのギャップがかなりあり、大きな衝撃を受けたというのが最初の感想です。」

 

――このプロジェクトを通して感じることは

「サッカー選手として試合に出ていると、ちょっとしたところで誰かに何かをしたいという気持ちになる瞬間というのがあると思います。ただ、大事なのはきっかけですね。みんなアフリカにきっかけがないから支援とかしていないわけで、自分は銅冶というきっかけがあったから何かの運命だなと思っています。最初にボールを銅冶に託してアフリカに送った後に一人1枚ずつ僕の名前入りで子どもたちからの絵が送られてきて、個人的に自分が何かやったことに対して喜んでくれる人がいるというのが1人の人間として人生の中でも嬉しい思い出ではあるので、そういった意味で、今後もどんどん規模を広げてやっていけたらなと思っています。」

 

――スポーツ通して言えることですが、サッカーには、言語とは違って世界共通という側面があります。その点、サッカーの魅力でもありますね。

「それが全てです。一つのボールがあれば、という感じで、世界的に愛されるものですね。富裕層から貧困層まで、全員が共通してやれるというのがいいです。自分は1人のプロ選手に過ぎないですが、こういうことが続いたらいいなと思います。」

 

――中町選手は、周りの選手やファンが多いという点で、周囲に活動を伝えやすいという重要な役割を担っていると思います。

「応援してくれているファンの人というのは、人のためにという気持ちが働かないと絶対に応援しないと思う。もちろんマリノスを応援してほしいというのもあって、そこからさらにこういう活動もありますよ、という選択肢を広げるというのも自分の責任かなと思います。今のところ、公式フェイスブックくらいしか自分から発信するところがないですが、あとは銅冶さんと連携を取って広めていきたいです。」

 

 

 

 

◆ソッカー部主将・久保飛翔(環4・済美高)コメント

「今回のお話を聞いて、とても衝撃を受けました。まだ、アフリカなどの発展途上国に対してアクションを起こそうという考えがなく、自分の考えが甘かったなと思いました。自分もプロの世界に行って、中町選手のように多くの支援活動を行っていきたいという気持ちが強まりましたし、自分自身とてもモチベーションになりました。今回はボールやユニフォームの支援で、ソッカー部も関わらせて頂きましたが、今後僕自身が何かアクションを起こすとしたら、実際にアフリカに足を運んでサッカー教室を開くなど、たくさんの支援の仕方があると思うので、プロとして活動しながら支援の形は今後模索していけたらと思います。」

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