人数、オールによっていくつもの種目に分かれるボート競技。その中でも最も過酷といわれる舵手付きペア。全日本大学選手権大会の雪辱を誓った3人のクルー。再び絶対王者日大に挑み、その先にある日本一を目指した。
【M2+】使用艇:CLAREMONT
C:米澤一也(政4)
S:吉田高寅(経2)
B:高林拓海(理4)
| 500m | 1000m | 1500m | 2000m | 着順 | 結果 |
予選A組 | 1:50.03 | 3:46.89 | 5:47.42 | 7:46.77 | 1着 | 決勝へ |
決勝 | 1:51.81 | 3:50.25 | 5:51.94 | 7:51.82 | 2着 | 銀メダル |
舵手付きペアはボート競技の中でもっとも過酷だと言われている。なぜなら一漕ぎで体にかかる負荷が圧倒的に高いからだ。例えばエイトは漕手8人と舵手(コックス)が1人。漕手は1人、1本のオールを持ち片側4本ずつ合計8本のオールで漕ぐ。言い換えると漕手8人でコックス1人を運ぶ。対して舵手付きペアは漕手2人にコックス1人。片側1本ずつで漕ぎ、漕手2人でコックス1人を運ぶ。さらに片側1本ずつしかオールがないため、2人の漕ぎが合わないと常にどちらかに艇は傾くこととなる。ペアはごまかしがきかず、クルーが一心同体となる必要がある種目なのだ。
全日本大学選手権大会で2位という結果を手にした本クルー。大会初日の予選A組のレースではその地力の違いを見せつける。得意としているスタート500ⅿで飛び出すとその後も着々と艇を進め、2位に4秒差をつけ、1着で決勝進出を決めた。しかし、この結果に3人とも決して満足してない。
慶大にとって戦うべき相手はインカレでも苦杯を喫した“絶対王者”日大。そしてその先に見える「日本一」を常に意識している。日大は中盤から後半にかけての圧倒的な伸びを武器としている。インカレ決勝でも慶大クルーは最初500ⅿ、1000ⅿと先行するも、ラストスパートで日大に差され、優勝の座をぎりぎりのところで奪われてしまった。その経験をもとにインカレから今回の全日本選手権に向けて、得意のスタートから中盤への切り替え、そして伸びを強化するために基本に立ち返り、低いレートで徹底して漕ぎこんだ。
しかし、この予選のレースではスタート出てから、課題である中盤で、重いリズムを切り替えることができなかった。「日大に的を絞って考えると、切り替えが甘かった」(高林)、「あのままだったら日大に最後差されるだろう」(米澤)、との言葉からわかる通り、日大そしてその先の日本一を強烈に意識する故に、1位通過への慢心などは微塵も感じさせない頼もしい4年生の姿があった。
4年生にとってラストレースとなる決勝への目標はもちろん打倒日大そして日本一である。しかし、決勝に向かう慶大クルーには最後だからと昂る素振りは一切見られない。「最後だから特別な思いはなく、やることをやる」(高林)、淡々としたその姿勢から今までの膨大な努力の跡が見えた。
その決勝、試合は早い段階で動いた。慶大クルーが得意としていたスタート500ⅿ地点では日大に対し2秒リード。今までならそのままその差を広げていこうという所だったが、絶対王者が動いた。日大の積極的な仕掛けによって、慶大が1000ⅿ地点で1秒差にまで詰め寄られる。予想外の日大の出方に「今までの練習では補えない何かがあった」(吉田)と語る慶大クルーは対応することができず、日本一はまたも遠のいた。2位で慶大クルーはこの大会を終えた。
ボート競技において、漕手はゴールを見ながら漕ぐことはない。コックスだけがゴールを見据える。日大がゴールし、歓喜に沸いた瞬間を目の当たりにした4年生米澤は「素直に悔しいと思います」と認める一方で、「やるべきことはやり切った。だから、あまり後悔はない」。そう思えるのには2年生の吉田の存在があるからだろう。この試合の反省点もクルーで話し合い、しっかりと吉田に伝えた。頼もしい2年生の存在があるからこそ、4年生は未来を信じ、後悔無く引退を迎えることができるのだろう。「来年、再来年には金をとって欲しい」(高林)、自分たちの果たせなかった思いを後輩に託す。その吉田は、4年生の存在に感謝しながらも前を向き、「金メダルを狙っていきたい」という目標を口にした。
1つの代の終わりは同時に新たな代の始まりを意味する。しかし、これから始まる新しい代があるからこそ、先輩はその思いを託すことができる。そうして、端艇部の思いは引き継がれてゆくのだ。来年こそは「日本最速」が果たされると信じて。
(記事・辻慈生)
以下、選手コメント
決勝レース前のコメント
米澤一也(政4)
(予選を振り返っていかがですか?)
ちょっとアップがうまく行かなくて、少しふわふわした感じの中でスタートを迎えたのですが、スタートは自分たちのやりたかったことが結構表現できたかなっていう。完璧ではなかったですけど。点数をつけると80点くらいかなと。それ以降の出来は本当に良くなかった。コンスタントの部分で、アップのダメな部分が出て来てしまって。それを2人切り替えることができずに、本当だったらもっと引き離せた部分を引き離せないまま行ってしまって、そういう意味では反省点が多い。でも、予選に標準を合わせたわけではないので、そんなに不安視はしてないですけど、反省点の出たレースだったと思います。
(具体的にコンスタントのどの部分が良くなかったか)
リズムがどうしても重くなっちゃうんですよね、付きペアって。その重いリズムを2人で切り替えなきゃいけない。じゃないとどんどんきつくなってしまうので、そこを2人で察知して切り替えるっていうのが必要です。でもちょっとそこが甘かった。あのままだったら多分決勝戦で日大とかに最後差される。だから中盤でどれだけ積極的に攻められるか、チャレンジできるかってところですね。
(インカレから今回の全日本まででの成長点はありますか?)
もう一度低いレートから漕ごうっていうところをインカレの決勝のあとに決めて、それをまさにずっと練習してきて、低いレートで2人の漕ぎのイメージや艇の運び方を合わせる所を本当にずっとずっとやってきて、だからハイレートやり始めたのも10日切るくらいからで。それまでずっとレート20やっていて、やっぱりインカレと比べてレート20のスピードは成長していて、その結果あまり左右に倒れなくなったのが変わったかな。艇のバランスが良くなったし、ハイレートをこぐ時にスムーズにレートがポンポン出るようになった気がしますね。でも、まだそれも狙った時に狙った漕ぎができるわけではないので、結構手探りでやりながらなのでまだ改善の余地はあるかなっていう感じです。
(インカレの決勝を踏まえてどのようなレースプランを考えていますか?)
そうですね、最初の500メートルは出ることが出来るというのは自分たちの強みかなって思っていて、それを生かさない手はないなって。もちろん出れたらいいですけど、でも、500に拘っているわけではない。やるべきことをやった結果として500メートルで出れればいいかなって思っています。もし仮に決勝で全艇並んで500通過してもやるべきことをやるだけかなって感じですかね。
(付きペアの難しさはどこにあるのか)
やっぱり、ぼくは漕いでないのでなんとも言えないですけど、純粋にキツイというのが一番かな。重いので。でも、重いっていうのは逆にやりやすいってことでもあって、重い方がぶら下がったりしやすいのですが、その重さに負けて漕ぎが乱れやすいのかなとぼくは思っています。あとはペアなので2人の漕ぎが合わないと永遠に艇が倒れ続けるという部分に難しさはあるのかなと思います。ペアはスカルオールを別々に持っている感じ。1人で1つのオールを、2人合わせて1つのスカルみたいに押し出さなきゃいけない。
(一心同体を一番求められるのがペアだと)
そうですね。優勝するようなエイトはそのレベルだと思うんですけど、ごまかせる部分もあって、その点ペアはごまかしがきかない、2人がずれている限り永遠に合わない。そこに難しさはある。
(決勝への意気込みを)
あまりプレッシャーとかは感じていないので、チャレンジャーなのはインカレも今回も変わってないなと、何も失うものはないので、中盤でどれだけチャレンジできるかってところかなっていう風に思っています。最後、チャレンジしてチャレンジしてレースを楽しめたらいいかなっていう。ラストレースなので。
(ボート人生を振り返っていただいてよろしいですか?)
高校は最初一年間漕手をしていて、僕は体も大きく無かったですし、僕自身の取り組みの甘さもあって漕手としては全然ダメで、コックスに転向して。最初はコックスやりたくなくて、でもやってくうちに面白いポジションだなって思いました。三年の時に早慶戦で勝って、でもインハイ出られなくて、そういう意味では全然うまくいかなかった高校時代かなという風に思っています。大学生になって、やっぱりエイトってコックスに求められる仕事が多いなって改めて思って、高校時代の自分にはまだまだ足りない部分がいっぱいあるなって思って。一回休部したこととかもあって、それらも含めて1年目は散々なシーズンだったかな。そのあと、2年目はようやく早慶戦で第2エイトに乗れて、勝てて、でも夏は負けて。3年生は早慶戦で対校エイトに乗れて、まぁ早稲田失格という形ですけど、自分の舵取りとかのパフォーマンスには腹が立つほどうまく行かなくて、それで先輩に勝ち切ったという形で終えさせることができなかったのは本当に後悔っていうか、今自分が頑張っているのはそこがあるからです。それで、夏も対校エイトに乗って負けてしまって、本当にうまくいかないなって。でも、今年の早慶戦は今までのクルーの中で一番、練度というか統一感はあったかなっていう、やっぱり中田が中心となって新しい漕ぎに挑戦していたんですけど、あいつがいなかったら、それは起こらなくて、結果的にそれはすごいいい取り組みだったなって。早稲田は沈没したのですが、本当にいいレースができて、そのまま続行してもいいレースができたかなって思うのでは、そこではパフォーマンスという面でも満足しています。でもそこから結果的に最後エイトに乗れなかったのは正直悔しい。今もエイトに乗りたかった気持ちがないと言えば嘘になる。まぁ4年生のコックスが2人いるのでどっちかが乗れないっていうのは大体決まっているのですが、とは言え結構気持ちの整理という面でも僕は苦労して、インカレはそれだけに絶対勝ちたかったんですけど2位という結果で、今回は自分のやりたいように練習とか監督、コーチから決めさせてもらえていて、だから2位だったという責任は自分にあるけど、その中でもできた部分は結構あって、それを生かして全日本本当に楽しめたらいいなって思います。僕のボート人生振り返ってみてうまく行かないことの方が多いと思います。今も別に上手くいっているわけではないですし、でも最後勝てそうな手応えっていうのはあるので、やっぱり勝ちたいですね。
(中田主将はどのような存在)
一緒に乗るときに本当に頼れる存在だなって、すごく頼もしいですね。たまに意見が食い違うこともあったんですけど、あいつの言うことだったら正しいのかなって。そういう信頼はしています。中田主将でよかったし、みんなそう思っているんじゃないですかね。
(今、コックスはどういうポジションだと思っていますか?)
コックスはいなくても大体の種目成り立つんですよ。だから別にいなくてもいいのかなとある意味思っていて、ただ、いいコックスって多分乗ってくれって言われるんですよね。それで乗ったら絶対早くなる、自分の乗ったクルーを絶対早くする存在なのかなと思います。
高林拓海(理4)
吉田高寅(経2)
(インカレから目標が絶対王者日大を倒すということだったと思うんですけど、全日本までの練習期間は何を意識して練習しましたか?)
高林
切り替えるポイントで切り替える。インカレは悪い流れに入って、ズブズブ同じ流れで行ってしまって、最後その流れを引きずったままラストクォーター入って日大に差されたので、とにかく切り替えを意識して、メニューの入りとかきっちり最初の1本目から入ることなどです。
吉田
日大は後からスパートかけて来るってわかっているので、僕たちはスタートを強みとしてやってきて、スタートの後、日大に追いつかれないくらいのいいリズムを作ってかないと、全日本では勝てないとわかっていたので、崩れたらすぐ立て直すというのを常に心がけてやっていました。
(それを踏まえて昨日の予選はどんなレースでしたか?)
高林
スタートは割と出て、いい感じに入りました。しかし日大に的を絞って考えると第一、二クォーターで出なきゃいけないんですけど、第二、三で落ちてしまったかな、切り替えが甘かったです。
吉田
スタートはタイム的に見ても、そんなに悪くはなかったんですけど、後半のことを考えて余力を残して漕いだというか、その場でできることをしなきゃいけないのに、崩して、波とかにやられて立て直せず、第三、四クォーターでタイムを出せず、結果的に後ろに詰められるという形になったので、後半はあまり良くなかった。
(決勝に向けての目標は)
2人
日本一です。
以下、決勝レース後のコメント
米澤一也
(決勝レースを振り返って)
インカレが終わってからずっと、日大を倒すということを目標に掲げてやってきて、それが達成できなかったことは素直に悔しいと思います。ただ、自分たちが取り組んできたことと、その成果はある程度出せたと思います。インカレよりもよくなっている部分、予選よりもよくなっている部分をレースで出せたことはよかったと思います。だから、あまり後悔とかはしていないです。悔しいですけど、やるべきことはやりきった、練習でやってきたことのベストは出せたと思います。
(練習でやってきたことというのは、序盤で出ること)
やはり、スタートで出るということが僕たちの強みかなと思ったんですけど、日大もかなり早めに仕掛けてきていて、その中で中盤の勝負で向こうの方が1枚上手だった感じです。
(これですべてのレースを終えたことになりますが)
あまり後悔することがないので、晴れやかとは違いますけど、そういう気持ちです。やるべきことはちゃんとやったので。ただ、その練習でやってきた中のベストが出せたとはいえ、練習でやってきたことが足りていなかったという反省点はあるので、吉田にはそこを言いましたし、これからやってくれればいいかなと思います。これからの取り組みで、来年にまた違う結果が残せると思うので、僕は直接携わることはないですけど、それを期待しています。
(下級生に対してメッセージ)
僕が1番思うのは、最近自分で考えて練習するという風になっているんですけど、やっぱり量も大事だなと思います。どうしても自分で決めると、質に比べて量の部分って少しクオリティが落ちがちになるんですけど、強くなるためにある程度の量も、「mirage makes champions」という言葉もあるので、もちろん量ばかりやっても集中力も続かないですし、けがをしてしまうのでメリハリは必要だと思うんですけど、ある程度、漕ぎこむ時期は必要だと思います。その時にただ漫然と漕ぐのではなくてやるべきことを決めて、それに向けて取り組むことが必要。本当に、低いレートの完成度が大きく勝敗に影響するということが4年目になって再確認した部分なので、すごく地味で嫌でなかなか自分たちから積極的にやるような練習ではないかもしれないですけど、後輩たちにはそこを挑戦してやってほしいと思います。
(コックスに対しては)
僕のクルーは僕がやりましたけど、漕手がクルーリーダーをやることが多くて、例えばエイトのコックスをやるときに漕手の意見を聞くということはすごく大事なんですけど、8人全員の意見を入れると、やりたいものとは別のものができてしまう可能性がすごく高くて、ある程度切り捨てる部分も必要になってくる。その上での、自分がどういう風に艇を進めたいという信念をもってコックスをすることが大事だと思います。ただ切り捨てるのではなく、自分の意図を明確にして、それに沿ったクルーづくりが大事かなと思います。もちろん、漕手にしかわからない部分、コックスにしかわからない部分はすごくあって、そこをお互いに引き出すことが大事なんですけど、しっかり自分の芯をもってそれとうまく合わせながらクルーを作っていくことが大事かなと思います。それはさっき言った、質と量の関係にも言えることで、対校エイトはそうじゃなかったと思うんですけど、特に今年のクルーは全体的に漕いでいる距離が少ないなと思っていて、そこで、もっと確認するためにメニューを延長してやろうみたいなことをちゃんと言えるコックスになりたいと思ってこれまでやってきたので、それがいいか悪いかは別にして、僕はそれが正しいと思っているのでそういう部分も持ってほしいと思います。
高林拓海
(高林さんは四年生ということで次で引退のレースですが、今どういう気持ちですか?)
本当に挑戦者の気持ちで。最後だから特別な思いはなく、やることをやる、レースプラン通りに試合を運び、勝つ。
(決勝を振り返って)
現時点で練習してきたことは出せたと思います。かといって、これがゴールというわけでもなかったかなと思います。練習でもっとできたことがあったとは感じています。
(大会を振り返って)
2試合しかしていないですが、1試合目よりはやるべきことはできた、出し切れたと思います。
(ボート部生活を振り返ると)
これが日常だったので、これからが不安です(笑)明日からここにいないというのが不思議な感じがします。引退の実感はないですね。
(吉田選手に伝えたいこと)
銀で終わってしまったので、種目は違っても、来年再来年に金を取ってほしいと思います。
(引退を迎えて)
もうちょっとやりたかったかなと、金で終わりたかったとは思います。
吉田高寅
(全日本で二位という結果を振り返っていかがですか?)
クルーでも話し合ったんですけど、練習でやれることはすべてやれたから悔いはない。ただ、それでもやっぱり日大にまたやられたのは悔しい。
(レースプランとしては、スタートから出て逃げ切るのを考えていたと思いますが、それを踏まえてレースはどうでしたか?)
日大が、いつもとプランを変えてきて、普段スロースタートで来るところを、結構序盤から僕らについて来て、1000メートル付近までは僕らが前にいたんですけど、早い段階から先に行かれて、スタートからの切り替えは出来ていたはずでしたが、今までの練習では補えなかった何かがあって、第3、4クォーター離されてしまって、まだまだ僕が甘かったです。
(今回のレースで四年生2人が引退されるということで、何か感じるところはありますか?)
今回、このクルーで漕ぐことができて、本当に僕のボートに対する考え方も変わって、僕になんでも教えてくださって、それで僕ももう少し変われれば、いい結果残せたと思うんですけど、僕はあと二年あるので、二年かけて金メダルを狙っていきたいです。
(来年の代における個人的な目標は?)
早慶戦で対校エイトに乗って、早稲田に勝つ。