学生が大学スポーツについて考え、発信することを目的とした“大学スポーツ国際デー記念シンポジウム”「学生が発信する未来」が、一般社団法人ユニサカと公益社団法人全国大学体育連合の共催で10月23日に東京都内で行われた。文部科学省が2018年度中の「日本版NCAA(National Collegiate Athlete Association)」創設方針を打ち出すなど、大学スポーツ界が大きな転換期を迎えている中で、大学スポーツの抱える課題や未来像などについて議論が交わされた。
イベントは、全国大学体育連合の会長を務める安西祐一郎氏の開会挨拶でスタート。この中で、安西氏は「主体的に学生が発案をしてこういう会合を開催したということは画期的なこと」とコメントし、まずこのシンポジウムが開催されたことに対する意義を述べた。そして、「特に学生が主体的に大学スポーツをこれからの時代に新たに作っていくにはどうしたらいいのかということについて、ぜひ議論をしていただきたい」とこの後のパネルディスカッションに期待を寄せた。
次に、仙台光仁スポーツ庁参事官から日本版NCAAに係る議論の経緯について説明がなされた。仙台氏は大学スポーツが公共的役割を担う可能性に触れたうえで、その振興は「本当に大事」と必要性を強調。日本版NCAA創設にあたっては、アメリカでの発展に100年という長い時間を要したことを念頭に、当初は実行可能な分野、規模からスタートしていく方針であることを明かした。また、ユニサカ代表理事を務める慶應義塾体育会ソッカー部の渡辺夏彦(総4・国学院久我山高)からは“自分たちが大学スポーツを変えていく~ユニサカの挑戦~”というテーマで、今夏の第68回早慶サッカー定期戦~早慶クラシコ~での活動をもとに大学スポーツ界の現状説明も。渡辺代表が大学スポーツに圧倒的に足りないものとして挙げたのは、「ヒトとカネ」。こういった現状を打破すべく、今後も様々な手を打つことに意欲を見せている。
パネルディスカッション開始に先駆けては、事前勉強会参加学生より「学生が考える日本版NCAAの未来」と題して提言が行われた。その中では、学生の自主性を担保することや統括組織の意思決定に学生が関わること、安全面や学業面での環境整備など、統括組織のルール作りが進言された。学業面については、大学在学中の成績などもさることながら入学前の問題点についても踏み込まれており、スポーツ推薦において学力がほとんど考慮されていないことが指摘されている。また、統括組織の整備だけでは不十分であり、各大学ごとの組織整備も不可欠とされた。
そして、司会の原田圭(経3・慶應義塾高)ユニサカ理事のもとで、パネルディスカッションがスタートした。今回の登壇者には、安西氏、仙台氏、渡辺代表の他に、元陸上選手で現在は一般社団法人アスリートソサエティの代表理事を務める為末大氏、株式会社double passでアシスタントコンサルタント兼通訳を務める野田直美氏、さらに一般学生代表として東洋大学スポーツ新聞部の藤井圭編集長が名を連ねている。
まず投げかけられたテーマは、“大学スポーツの価値とは?”。これについて安西氏は「まず大学スポーツというのは誰がやっているのかということ。私の理解は、みんなでやっているものだということ。大学というのはその大学だけで生きているわけじゃない。地域、周りの社会と一緒に生きている。その地域にどういうふうに貢献するのかということも価値の一つであると考えるべき」と言及した。また、為末氏は自身がアメリカの大学に在学していた際の経験を踏まえ、日本版NCAAの創設と大学スポーツの在り方について次のように話している。
「実質は金儲けの側面がNCAAにはかなりある。僕がサンフランシスコにいた時に、一番大学で金持ちなのはアメフトのコーチだと言っていた。数億円の規模。それだけのサラリーが入るというのはそれだけのビジネスが成り立っていないといけない。なので、本音を言うとNCAA化するというのは商売する、ビジネスするという側面から目をそらさない方がいいというのが一点。もう一つ、それをやっていく時に例えば桐生祥秀選手が出た大会でNCAAをアメリカと同じようにすると出られなくなる大会がある。賞金が出ると、同じようなルールを適用する場合に出られなくなる。お金の問題をどのように整理するのかというのは結構重要な観点かなと思う」
仙台氏も日本版NCAAの創設についてはアメリカと同じようにしてもうまくはいかないという見解を示しており、借金をしてまで作ったスタジアムが使われないといったアメリカでの失敗事例を参考にこれから考えていくとした。
次の話題は“日本に合った大学スポーツの統括組織とは?”といった内容に。まず為末氏は「各競技によっていろいろと違う」と前置きしたうえで、「スポーツは人生に一体何をもたらしてくれるんだろうかということがもうちょっとちゃんと議論されてほしい」と述べた。その理由とは。自身の経験をもとに、為末氏は「『俺たちオリンピックに行ったけど、人生って良くなったんだっけ?』って。『22歳で諦めて社会に出て商社とかに入ったやつの方が人生幸せそうだけど、オリンピック行って良かったんだっけ?』と話をする」と語る。「でも良かったと僕らは信じている」と続けた為末氏だが、それゆえ先に挙げたような意見にリンクしているようだ。
一方、大学スポーツを通じた人間力の向上という点において、安西氏からは体育会の学生に対して次のような“注文”もあった。
「例えば、年間予算1000億円の学校がある。そのうち、かなりの部分を施設に使っているわけだが、体育会の学生が使っている施設に対して少なく見積もって1パーセント投じたとする。そうすると、毎年10億円を体育会の施設に大学が投じていると。一方でその大学の体育会の学生が2000人だとすると、体育会の学生1人当たりに大学が50万円を大学が投じていることになる。その分、貢献してもらいたい。そのことを認識して、所属している大学に対しても、あるいは社会に対しても50万円分は“お返し”をしてもらいたい」
これを受けて渡辺代表は「体現できると思う」と反応。さらに「やっぱり一般学生の模範にならないといけないし、一般学生に『あ、いいな』って思われる存在じゃなきゃいけないと思っていて。学生アスリートが、勉強もするかつ部活もやるっていうのをしっかりと果たしていくというところ、そこがまず求められる」と自身の見解を述べている。
また、NCAAによって日本の大学スポーツが商業化するのではないかという懸念も浮上する。アメリカの大学で選手としてプレーした経験を持つ野田氏は、これについて「どこで問題になっているかと言ったら、NCAAのDivision1の本当に稼げる大学、競技での問題だと思っている」とコメントした。「私のいたDivision2の大学で私も実際にそういったことを感じていたかと言ったら全くそんなことはない。まず初めにコーチが『君たちのプライオリティーは学業だ』と、私たち学生アスリートにはっきりと言っていた。学生が学業を全うできるようなルール作りをNCAAはしている」と続け、必ずしもマイナスな方向に作用するわけではないとしている。
最後には、原点に立ち返り“大学スポーツの良さとは?”というテーマも。学生記者として現場に立つ藤井編集長は「まずスポーツに興味を持たせるのに大学スポーツはすごく良い環境」と考える。その理由として「高校までと比べて部活動の幅はとても広い。自分はアーチェリー部の友人がいるが、元々サッカーをやっていたがケガをしてできなくなってしまい、それで大学に入って運動部で何かやりたいなと思った時に見つけたものがアーチェリーだったと言っていた。新しいスポーツの面白さだったり楽しさというのを見つけられるのが大学スポーツの一つの良さだと思う。プレーヤーだけではなく見る人も幅広いスポーツの楽しみ方というのも見つけられる」と藤井編集長は話し、その魅力を表現している。
その後、一般学生からの質疑応答をもってパネルディスカッションは終了。限られた時間の中で深い部分までは議論を掘り進めることができなかったが、学生と“リアル”を知る大人の意見交換はオーディエンスの関心を引き付けていた。閉会挨拶の中では、原田理事が大学スポーツ新聞の団体と手を組んだメディアの立ち上げも宣言。我々を取り巻く環境すらも変わろうとしていることに気づかされた。そこで、改めて実感した。大学スポーツは、今まさに変革の時にあるのだと。
(取材 小林将平)