【ラグビー】連載企画“SPIRIT” 第2回 渡部朔太朗(分析/学生レフリー)

ラグビー

 

悲願の日本一へ向け、日々戦いを続ける慶大蹴球部。しかしそこに所属する学生は、何も選手だけとは限らない。そこで、慶應スポーツでは4回に分けて、学生スタッフとして日々奮闘する4年生を特集。裏方に徹する学生たちの“SPIRIT”に迫る。

第2回は、渡部朔太朗(わたべ・さくたろう=法4・函館ラ・サール)。分析担当と、慶大蹴球部史上初の学生レフリーという2つの仕事をこなす男の日常とは。

 

――まず、レフリーの仕事内容を簡単に教えてください

レフリーはいわゆる審判のことです。今チームに僕1人しかいないので、必要に応じてレフリーとしてチーム練習に参加しています。参加するのは、グラウンドを広く使う練習や、ごちゃごちゃしたブレイクダウン、スクラム、モールといった練習ですね。(練習中は)レフリーの視点で見ないとわからない部分や、試合中にどんな反則になってくるかという点を見ています。コーチだけでは、コーチの視点でしか(プレーを)見ることができないと思うので、レフリーならではの視点というものをチームに教えていったり、アドバイスしたりしています。

練習試合でレフリーを務める渡部(写真中央)

 

――レフリーとしての能力はどうやって培うものなのでしょうか

最初のうちは、慶應義塾高校の試合とかの笛を吹かせてもらったりしました。あとは、日本ラグビー協会にも所属しているので、そういうところ(協会)から「この試合に行ってください」というように派遣をされて、自分とは全然関係のない試合をレフリーしに行きます。そこにコーチがついて評価される。フィードバックをもらってレベルアップしていく、という形ですね。

 

 

――ラグビーのレフリーをやるうえで渡部さん自身が大切にしていることは何ですか

チーム(専属の)レフリーという立場なんですけど、あくまでレフリーなので、自分たちのチームを担当するときでも、反則は反則として取り締まっていかなければならないということです。中立、公正な立場でチームに関わっていくこと。第三者的な視点というものをどれだけチームに与えていけるか、ということがレフリーとしての役割だと思っています。チームにコミットしすぎない、良い意味でチームから一歩離れたところからチームを見るということを大切にしています

 

 

――「レフリーの視点で見ないとわからない部分がある」というお話がありました。レフリーならではの視点とは、具体的にどんなものでしょうか

自分は高校3年生まで(選手として)ラグビーをやっていたのですが、自分がプレーをしている時はここ(近場)しか見えていませんでした。逆にコーチだと、外からグラウンドを広く見る事しかできませんでした。でもレフリーだと、自分がレフリーとして(グラウンドの)中に入るので、選手たちのプレーが一番近くから客観的に見えるようになりました。選手は一生懸命やっているんですけど、僕から見たら「それは明らかに反則だよね」とか「こういうやり方をすれば反則にならないのに」とか、ちょっとやり方が違うだけで反則になってしまうことがある、ということに気が付きました。

レフリーになったからこそ、「反則をとられて悔しい」だけではなくて、どうやったら反則を取られなくなるのか、という一歩前の段階を考えることができるようになりました。

 

 

――レフリーは人によって特徴が出ると聞きます。例えばどんなところに違いが出るの

でしょうか

そのレフリーの「ラグビー観」のようなものが出てくると思います。厳しく、ダメなものはダメと言って、笛でコントロールしていくレフリーもいれば、選手に好き勝手やらせて、「次やめてね」と言って、やめさせていくようなレフリーもいます。レフリーの特徴をつかんで、「次の試合はこういうことに気をつけよう」という風にフィードバックしていくのも僕の仕事です。

 

 

――渡部さんはレフリー以外にも分析という仕事もされています。次に、分析の仕事内容を簡単に教えてください

練習の映像を撮影して集めて、選手が観ることができるような環境を整えていくことですね。例えばYouTubeにアップすることだったりとか、部室のミーティングルームにノートパソコンを設置して映像を入れたりすることです。練習中はまずそういうことを行います。試合の後は、試合のフィードバックのために、誰が何回タックルに成功したか、というスタッツを全部出していきます。また、次の試合に向けて相手チームの分析もしていきます。どこが弱点だとか相手チームの強みや弱み、癖というものを見ていって、コーチたちに伝えていって、勝利につなげていくというのが分析の仕事です。

下田の寮に貼り出される試合のデータ。写真は10月20日の帝京大戦のもの

 

――相手の弱点はどのように分析するのですか

相手チームに何試合も映像を撮りに行って、持って帰ってきてみんなで見たりするんですけど、通しで見る中で気づくことと、数字をとっていく中で気づくこととがあります。

例えば明らかにスクラムの成功率が悪いだとか、キックの成功率が悪いだとかという数字が出れば、(そこは)弱点だろうという風につながっていきます。なので、映像を観ていく中での主観と、数値を出して裏付けしていくということで分析していきますね。

 

 

――選手たちは練習中に撮影したビデオをどのように役立てているのでしょうか

自分のタックルしている映像を観ることで、「もうちょっと足を前に出さなきゃいけないぞ」とか「間合いがおかしいぞ」とか、そういうところに自分で気づいて、自分で次のステップに進んでいく、ということができます。みんなずっとラグビーをやってきている選手なので、映像を観れば自分の足りないところがわかるんですよね。コーチたちも、映像を観ながら選手たちにフィードバックしていくという形なので、全部映像が起点になっています。それ(映像)があるから、フィードバックだったりとか次へのアクションだったりができるようになります。

 

 

――分析を担う上で渡部さんが大切にしていることは何ですか

「予測すること」だと思っています。選手やコーチが、どういう情報だったり映像だったりが欲しいのか、というのを予測して撮影したり、数値をとっていったりすることが大切かな、と思います。

 

 

――プレーヤーを経験していたからこそ分析に活かせていることは何かありますか

チームによって戦術だったりプレースタイルだったりが違う、ということに気が付くようになりましたね。プレーヤーであったことと、レフリーをやっていることと、分析をやっていること、それが全部つながっているかなと思います。色々なチームをレフリーで担当しにいくことだったりとか、自分が高校時代でいろいろなチームと対戦してきたことだったりとか、分析として自分のチームと他のチームを見比べることだったりで、必然的にいろんなチームを観ることになります。その中で、良さ悪さの違いというのがわかるようになったというのが、自分がラグビーに長く関わってきて、分析になってよかったな、と思っている部分ですね。

 

 

――話を少し、渡部さんのラグビー人生の方にシフトしていきたいと思います。渡部さんがラグビーを始めたきっかけは何ですか

中学1年生のときですね。

自分は中学から函館ラ・サールという学校にいて、6年間函館にいました。

部活には入りたいと思っていたので、1年生のときに(色々な部活を)体験しにいったんですけど、ラグビー部を見にいった時に先輩に名前を憶えられて、逃げられなくりました(笑)。それがきっかけでしたね。

英語の先生がラグビー部の顧問だったので、そこでもけっこう引っ張られたんですよね。

 

 

――中学からラグビーを始めて、大学でも蹴球部を選択しました。入部当初はプレーヤーとして入部したのですか

いえ、最初からレフリーとして入りました。

 

 

――最初からレフリーとして入ったんですね。レフリーとして入部したのには何か理由があったのでしょうか

僕が高校3年生の時、函館ラ・サールが初めて花園に出場した代で、すごくいい経験ができたなと思っています。そこで全国の強さ、体の大きい選手がたくさんいて、足の速い選手がたくさんいる、というのを知ったのがまずありますね。

あと、花園の試合を担当してくれたレフリーがたまたま慶應のOBの方で、その方に「慶應に入るんだったら体育会でレフリーやってみたらどう?」と言われて、それが初めてレフリーというものに触れたきっかけでしたね。

 

 

――プレーヤーとしてラグビーを続けることに未練はなかったのでしょうか

もちろんありました。

ただ、慶應大学のラグビー部って、すごく人数も多くて伝統もあって、という大きな組織の中で、どうやったら自分の存在価値を出していけるのか、というのを考えたんですよね。

今まで(蹴球部には)長い歴史があるんですけど、チームの中にレフリーがいたことはないという話を聞いたんです。(歴史上)初めてレフリーとして入ってみれば、チームに新しい何かを生み出すことができるのかな、ということを考えるようになりました。もちろん葛藤もあったんですけど、自分がプレーヤーとして入部するだけではただの一選手で終わってしまうと思いました。レフリーとして入部すれば、新しい何かをチームに与えることができるんじゃないかと思ったんです。

 

 

――渡部さん以外にも入部当初からスタッフとして入部した人はいたのでしょうか

いませんね。そもそも1年の時は同期の男子スタッフが僕1人で、あとは選手から途中からスタッフに転向していった人たちです。

基本的にこの部はそういう人たちばかりで、男子スタッフとして入った人もほとんどいなません。この4年間で僕の先輩にもいなかったのですが、僕の後から分析やトレーナーで初めからスタッフとして入ってくるという部員が出てきたというのも一つの変化かな、と思います。

 

――参考にする先輩がいない状況で、苦労したことは何かありましたか

スタッフであると同時に1年生でもあるので、1年生のやるべき雑用、練習の準備や片付けといったことを、もちろん同期からは「一緒にやれよ」と言われました。それでも、僕には僕の仕事があるので、コミットするのは難しい。その両立が難しくて、同期と反発したり、ぶつかったりすることもたくさんありました。そういうところでは難しいというか、苦労しました。

 

 

――学年が上がるにつれて、その関係性は変化しましたか

選手からスタッフに変わっていく選手が出始めたのがきっかけになって、大学の選手(プレーヤー)の気持ちも分かって、スタッフの人の気持ちも分かる、という人が仲間に増えてきましたね。そのことで、僕もやりやすくなった面はありました。

 

 

――プレーヤーだった部員の方がスタッフに変わったタイミングで、すぐに連携をとることはできましたか

スタッフも役割がマネージャー、分析、トレーナーと分かれているので、そこ同士の関わりでも「俺たちはこんなに頑張ってるんだから、お前らもっとやれよ」というぶつかりもありましたし、今まで選手だったというプライドもあるので、なかなか自分を理解してもらうのは難しいな、ということは感じましたね。

 

 

――続いて、レフリーや分析の仕事について、もう少し詳しくお伺いしたいと思います。まず、レフリーという仕事をやっていてよかったと感じる瞬間は何かありますか

瞬間、というよりはやりがいはありますね。

自分の場合だと、選手と一緒にグラウンドに入れるということが一つの自分の持ち味だったり、自分のやりたいことだと思っています。たとえば練習試合で、自分がレフリーとして一緒にグラウンドに入って、担当した試合で勝った時とか、自分が練習でアドバイスしてきたことを生かして選手たちが反則しないでくれた時とかは、自分としても嬉しいですね。

「前の試合でこういう反則を取られたんだけど、どうすればいい?」と質問してくれた選手が次の試合で活躍したりすると、アドバイスしてよかったなという気持ちになります。

 

 

――逆にレフリーの仕事の難しさとはどんなところですか

チームのスタッフではありますが、チームのスタッフとして試合に入る(レフリーをする)ことはできないので、自分がレフリーとして試合に入るときは、第三者の立場としてチームに関わっていかなきゃいけないところですね。試合中は、監督からすごいプレッシャーをかけられたりするんですけど、自分はあくまでレフリーとしてその試合を担当するというプライドと自信と責任をもってやらなきゃいけない。ホームの試合だと、お客さんもみんな知ってる人、スタッフもみんな知ってる人っていう中で、うまく間をとっていかなくちゃいけないところは難しいところですね。

 

 

――分析という仕事をやっていてよかったと感じた出来事はなにかありますか

相手チームの分析をして、それが生かされて勝ったことももちろん嬉しいです。あとは、試合の後に取った数値を部室に貼り出すんですけど、選手たちがそれを見て「自分こんなにタックルしたんだ」とか「次はもっとこういうことを頑張ろう」という話を聞いているのが、長い時間映像を見直した甲斐があったな、というのを感じます。

 

 

――逆に分析の仕事の難しさとはどんなところですか

仕事しているところがなかなか選手たちの目に触れないところです。家で夜遅くまで映像を見ていることだったりとか、数字を取ることだったりとか、他の試合に偵察に行って帰ってくることだったりとか。もちろん、評価されるためにやってるわけではないですけど、選手たちの目に映らないところでやっていることなので、なかなか認めてもらいづらい仕事だな、と思います。トレーナーとかは選手たちとずっとグラウンドに一緒にいて、水出しだったりテーピングだったりをしているので、頑張りが見えやすいですよね。分析は基本的に見えないところなので、認めてもらいづらくて、そこが難しいところ、苦しいところかな。

 

 

――目に見えない努力を続けるなかで、嫌な思いをしたり、マイナスな思考になってしまうことはありませんか

もちろんあります。

これが意味あるのかな、とか。長い時間かけてスタッツをとっても、張り出して選手たちが見るのは10秒くらいの短い時間だったりするので、「これ意味あるのかな」と思うこともあるんですけど…。少なからず楽しみにしている選手もいますし、自分たちが映像を撮ってくることで、その映像を楽しみにして、「早くビデオ上がんないの」とか、「この前の試合の俺のタックルどうだった?」とか聞いてくる選手もいるので、そういう選手のために自分は頑張っています。

 

 

――特に映像やデータを楽しみにしてくれる選手は誰でしょうか

4年生の方がいいですかね?(笑)

4年生だと、田中優太郎(経4・慶應)、高野倉(建生=商4・慶應志木)ですね。彼らは今、どっちもAチームで出られるか出られないか、ギリギリのラインにいる選手たちです。当然自分のプレーを気にしていますし、チームのこともすごく気にしている状況にいる選手たちなので、そういう選手たちは映像を早く見せてくれ、数値を出してくれ、とか相手チームの試合も早く見たい、と言ってきたりしますね。

田中優

高野倉

 

――下級生だとどんな選手が挙げられますか

3年生の大谷(陸=政3・慶應)や、1年生の今野(勇久=総1・桐蔭学園)ですね。ストイックでガツガツしてるので、自分のプレーを見たいと思っている選手。「この間の試合で反則を取られたけど、あれはなんだったのか」とか「どうやったら反則を取られないのか」とか練習中でも走り寄ってきて聞いてくれる。そういう選手たちを応援したいという気持ちも強いですね。

大谷

今野

 

――レフリーの渡部さんから見て、今年のチームが改善できるところはどこでしょうか

レフリーの立場から言うと、レフリーとのコミュニケーションの取り方ということが去年からずっと改善できていないポイントかなと思っています。プレーなどの話はコーチがしてくれると思うので、僕はレフリーの話をしますね。去年の最後の(大学選手権)準々決勝、慶應対早稲田の試合では、最後マイボールスクラムで反則を取られて、そのままトライを取られて逆転負けをしたっていうのがあったりとか。反則数がかさんでキック差で負けたりだとか。レフリーとのコミュニケーションがうまくいかない、というのがチームとしてあります。試合中に熱くなっている頭で冷静にレフリーと会話をして、反則を試合中に改善することができれば、勝利につながっていくんじゃないかと思っています。

 

 

――レフリーとは実際にどんなコミュニケーションをとっていくのですか

レフリーの試合の中での癖を選手たちがつかんでいって、「さっき反則をとられたけど、次どうすればいいですか」というアプローチをしたり、「相手チームがこういう嫌なことをしてくるので、次からここをよく見てもらえませんか」といったことをできるといいんですけどね。やはり試合中は熱くなっちゃうので、野次というかクレームみたいな形で言ってしまうと、単に心象が悪くなるだけなんですよね。うまくレフリーとの距離感を縮めて、レフリーを味方につけるようなコミュニケーションの取り方をすれば、試合も有利に運べるのかな、という考え方を今はしています

 

 

――レフリーとのコミュニケーションの取り方はどうすれば向上するものなのでしょうか

難しいですよね…。

自分としても、そのレフリーの癖を事前に察知して「このレフリーは文句だったり、野次だったりに過敏だから、そういうのに気を付けてあげないといけないよ」とか「このレフリーは話したがる人だから、自分たちから積極的に話しかけに行った方がいいよ」

というところまで踏み込んでいければ、チームとしてもコミュニケーションがとりやすくなるんじゃないかな、とは思っています。

 

 

――では逆に、レフリーの渡部さんから見て、今年のチームの強みはどこでしょうか

すごいハードワークができることです。泥臭く、低くタックルに入ることや、チームで決めたことを最後までやり通すことが、強みだと思っています。去年の古田(京=H31卒部)さん、辻(雄康=H31文卒)さん、丹治(辰碩=H31政卒)さんみたいなスター選手がいないからこそ、みんなで頑張るという環境ができているのかなと思います。

 

 

――チームスタッフを務める後輩に向けて、何か一言お願いします

色々なバックグラウンドをもった人たちが入ってくるからこそチームが強くなっていくと思っているので、ラグビーをやったことのない人でも、スタッフとして入ることでチームに与える影響も大きいと思います。また、今までプレーヤーをやってきた選手だからこそ、スタッフとして入ることで選手とスタッフ両方の立場を知っている、という強みを生かしていけるとも思っています。色々なバックグラウンドを持った人に入ってきてもらいたいと思いますし、今スタッフとして在籍している人たちも、これからもどんどん貢献してほしいな、と思っています。

 

 

――ラストイヤーになりましたが、レフリー・分析としてチームにどうやって貢献していきたいとお考えですか

勝っていったとしてもシーズンは残り短いので、その短い中で、今年のチームだけじゃなくて、後輩たちにも何かを残していけるようにしたいですね。分析として分析の方法、ノウハウを後輩たちに残していくことや、僕がいなくなるとチームにレフリーがいなくなってしまうので、レフリーがいたという財産をなにか残していくことですね。それができれば、4年間やってきた甲斐があったかな、と思うので、今年のことだけでなくて、これより先のことを考えてやっていきたいと思います。

「予測」が大切だ

 

――お忙しい中ありがとうございました!

 

(取材:野田快 写真:竹内大志)

 

連載企画“SPIRIT” 

第1回 岡本爽吾×鷲司仁(学生コーチ)

第3回 井上周×山口耕平(学生トレーナー)

第4回 川邊幸(主務)

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