悲願の日本一へ向け、日々戦いを続ける慶大蹴球部。しかしそこに所属する学生は、何も選手だけとは限らない。そこで、慶應スポーツでは4回に分けて、学生スタッフとして日々奮闘する4年生を特集。裏方に徹する学生たちの“SPIRIT”に迫る。
第3回は、井上周(いのうえ・ちかし=商4・慶應志木)と山口耕平(やまぐち・こうへい=経4・慶應志木)。高校で出会い、現在はともに学生トレーナーを務める2人の対談だ。激しいコンタクトスポーツであるラグビーにおいて、欠かせない存在であるトレーナー。日頃から選手全員のコンディションを管理し、選手のトレーニングにアドバイスをする姿はまさに縁の下の力持ちだ。
――まず、お互いのことを紹介していただけますか
山口:いきなり恥ずかしいやつが…(笑) この2人は高校(慶應志木)からずっと一緒で、帰り道も一緒だったんですよ。
井上:行きも帰りも。
山口:高校3年間ずっと一緒にいて。そういう意味で、なんていうのかね。
井上:気付いたら一緒にいるみたいな感じです。大学の学部は違いますけど、一緒にご飯行ったりしてるし、年末になったら一緒に雪山に行ってスキーやスノボしたりとか。結局いつも一緒にいる存在ですね。
山口:そういう紹介を求められてるのかわからないですけど(笑)
――お二人の出会いは高校のラグビー部ということですか
井上:高校でラグビー部に入部した時ですね。
――高校で出会ったお二人が、大学に進んで蹴球部に入部されたきっかけは
井上:1年生からレギュラーで出ていたんですが、2年生あたりからラグビーのおもしろさをわかり始めて、高校よりも上のレベルでやりたいなと思っていたら、大学がラグビーで有名ないい環境だったので。そのまま続けようと2年生から意識し始めて、試合を見に行ったりして意識を高めていましたね。いざ大学となったら全国大会に出ているような選手もいて、すぐ入部を決めました。
山口:僕は…
井上:お前(入部を決めたのが)ギリギリだったじゃん(笑)
――入部を決める時も、お二人で話されたりしたのですか
井上:僕は最初から志木高の中でも1人で勝手にやろうと思っていました。
山口:僕らの代では志木高から進学してきた部員が4人いるんですけど、その中だと入部を決めたのが4番目で。サークルでやるのか、体育会でやるのかというのを迷いつつも、どうせこっち(体育会)でやるんだろうなという思いを持っていました。高校の時にも自分より小さい対戦相手に会ったことがなくて、通用するのかなという思いがありつつ、やるからには高いレベルでやりたいという思いから入部を決めました。
――そんなお二人が選手からスタッフに転向されるにはどのような経緯があったのですか
井上:僕は2年生に上がる時に代の中で選ばれて、トレーナーになりました。当時はサポートする立場の部員が少なくて、そういった立場の人が必要だったんです。代で話し合いをして、選出されました。
山口:その後、3年生に上がるタイミングで僕が選ばれた形です。
井上:代によっては、最初からトレーナーなどのスタッフとして入部する人もいるんですけどね。
山口:僕らの代はそういった人がいなかったので、その場合は選手から選ばれます。
井上:僕らが入った時は、この代は現在主務の川邊(幸=経4・慶應湘南藤沢)と、レフリーの渡部(朔太朗=法4・函館ラ・サール)しかいなかったので、選手からスタッフを選ぶタイミングが2年生に上がる時だったということです。トレーナーだけではなくマネージャーを選出することもありますし、部の全体を見て代で話し合って、必要な役職を選出しています。
――選手に比べて目立つことが少ないトレーナーの普段の活動を説明していただけますか
井上:(人によって)だいぶ違うよね。僕は、夜は下のグレード(Aチームなどの一線級のチームではないチームのこと)の練習を見てそのままウェイトも管理しています。普段は、早朝から練習があるので、そのテーピングなどの準備です。山口を中心にGPSを準備して、選手のサポートをします。他には、ウェイトの管理もします。練習が終わったあとはデータの整理が多いですね。ウェイトの数値や、GPSのデータ、選手のコンディションのデータを整理しますね。
山口:あと、ウェイトノートとかね。
井上:そうそう。今年、フィジカル強化に力を入れているので、昨年度大学日本一の明治大学の方と連絡をとって、何をしているのかを聞きました。それ以来選手全員にノートをつけさせるようにしていて、自分が何の種目を何キロ、何回やったかを記録するようにしています。明治のフィジカル強化がどうなるか気になるので、明治の方とつなげてもらえるよう栗原ヘッドコーチにお願いをして、試合の際に直接お尋ねさせてもらいました。実際にウェイト場に見に行ったりとか、監督とお話をしたりとか、社会人トレーナーの方と話したりして、こっち(慶大)でもやれることはあるなと思って。そのひとつがウェイトノートですね。(ウェイトノート自体は明大の)まねですけど、それに対してのコメントやアドバイスの中身はオリジナルです。今ではそれが、選手たちとのひとつのコミュニケーションツールになっています。選手とスタッフの距離を詰めてくれる存在だと思います。
山口:僕は(井上とは)だいぶ違います。GPSや、ハートレートという心拍数を計るものを使います。僕は練習中、フィットネスのメニューで選手が自分を追い込めているかを実際に数字という形で出します。その結果を社会人トレーナーの方に渡して、それを練習メニューの構成に役立てています。GPSも、練習の間に走った距離や加速回数などを数値化して、どれだけ走れているかを選手にも共有しています。誰より走った、誰より走ってないというのをわかりやすい形で渡すのが僕の役割です。ウィークリーの数値を出すんですが、…具体的な数字の説明をするとわけわかんなくなっちゃいますね(笑)
――今のお話にも登場した、社会人のトレーナーの方とはどのように仕事の分担をしているのですか
山口:同じことを学生もやるイメージです。
井上:専門知識がいるところはさすがに社会人の方ですね。僕らも勉強の途中ではあるんですけど。
――その専門知識の勉強はどのようにしているのですか
井上:僕はテーピングなり、ウェイトの指導なり、日々の積み重ねというか。何かを読んでやるということもないわけではないですが、経験を重ねて、実際選手たちに聞いてみたり、アドバイスを受ける中で知識をつけていくという形が多いです。話をして、理解して、反復してというのが一番です。
山口:俺は逆だったな(笑)去年トレーナーになった時に、筋肉や骨の仕組みがすごく詳しく書いてある解剖学のテキストがあるんですけど…
井上:あぁ、勉強してたな(笑)
山口:それを見て、足首、膝、肩なんかはどういう構造なのかをバーッと読んでましたね。
――かなり大変そうですね
山口:そうですね。活動の合間を縫って勉強していました。
――では、練習が休みの日にはどんな仕事がありますか
井上:選手が休んでいる分やることは限られますけど、僕は1週間の練習の強度をまとめます。選手から情報をもらって、総計を出して、次の週以降の強度、GPS、ハートレート、日々のコンディションを管理するアプリを使って選手全員のデータを集めるなどして、今週は先週に比べてこんな感じ、というのを社会人トレーナーの方に共有しています。それを踏まえて、ヘッドコーチと練習強度などを考えてくれていると思います。やっていることは地味に見えますが、練習強度が変わったりするので、責任のある仕事を任されているなと思います。
山口:週末に試合があることが多いので、試合間の栄養やリカバリーをオフの時間にゆっくり考えて、試合前に全員で確認して「よっしゃ、いこう!」とすんなりいけるように準備しています。
――すると、完全な休みの日というのはなさそうですね
井上:いや、そこまでびっちりじゃないです。
山口:ここ(下田の寮)にずっといるわけじゃないので。カフェとかでバーッとやったりして。遊んだりする時間もあるので、そこは大丈夫です。やるべきことは多いですけど、ずっと拘束されているわけではないです。
――休みの日にはやはりワールドカップも見たりしますか
井上:いやあ、やばいっす。
山口:もちろんです。
――ここまでのワールドカップで印象に残っていることはありますか
井上:プールAの1位に日本がいるのがまず、変な感じです。(寮の)食堂や部屋で見たりして、勝った時なんかはどんちゃん騒ぎで、それ(その様子を撮影したツイート)が少しバズりましたね。
――ワールドカップを見ていて、トレーナー目線だとまた何か感じることはありますか
井上:僕はもう、単純に楽しんでますね。
山口:僕が言うのもなんですけど、4年前よりは、確実に日本代表のフィジカルのレベルは上がったと思います。ただ、それよりも上のレベルの国には通用していなくて。でも、スキルの面ではそれらの上位の国を上回っているところもあるし、早くも4年後が待ち遠しいです。
――選手からトレーナーになるとラグビーの見方も変わるものですか
井上:実際にやりたかったことを目の前で選手がやっていて、心苦しい時間をここまで過ごしてきたわけなので、ある意味不本意な形でのチームへの貢献になってはいます。ただ、信頼して選んでくれた同期がいるので、恩返しというか、少しでも自分に立場を与えてくれた同期のために、(選手が)きつい時には寄り添うようにしています。それは選手として(の立場)だと難しいのかなと思います。トレーナーになるとグレード関係なく全員を見るので、部に対しての愛情が湧くようになりました。1年生の頃は全然、部に対しての理解も少ないですし、勝手もわからないままトレーナーになったので。実際トレーナーになって、部員全員と関わることができて、トレーナーにならなかったら関わらなかった先輩もいますし、そういう方と話したりすると学ぶことも多いです。
トレーナーになったから成長できたこともありますね。戦術だけではなくて「あいつはここが弱いんだな」というところが見えるようになりました。単純に「あいつ弱いな」で終わっていた選手時代と違って、ボディバランスが悪いからこういった練習をしようというところまで言うこともありますし、この種目が弱いからあの曲面でうまいパフォーマンスが出せない、など、トレーナーとしての仕事が常にラグビーと結びつけられていると思いますね。
山口:僕は(見方は)変わらないですね。ラグビーって、本当におもしろいスポーツだと思っていて。体当ててパス投げて、走って蹴って。それぞれが自分の強みをグラウンドで、自分のポジションの中で最大限に出して表現するスポーツだと思います。そういう面で、足が速い選手ならその走っている姿を見るのはすごく嬉しいというか。輝かしい気持ちになりますし、体がでかくてスクラムを組む選手たちがスクラムで勝ってマイボールにするような、そういった面で、ラグビーのおもしろさはトレーナーになってもならなくても変わらないですね。
井上:根本は、ラグビーが楽しい。
山口:そう。「楽しい!」っていう気持ちで見てます。
井上:そこは一緒だな。
――以前、副将の川合(秀和=総4・國學院久我山)さんを取材した際、井上さんと寮が同じ部屋だとのお話がありました
井上:ずっと一緒にいます。こいつ(山口)といない時は川合といます。どっちかとはずっと一緒にいます。彼も副将でチームのことをすごく考えて、僕はトレーナーとして全選手を見ている立場なので、部について話し合うこともあります。彼は責任感が強く、ずっと考え込んでいるので、そういう時に一緒にご飯に行ったり、遊びに行ったりしてリフレッシュしてます。遊ぶ時になったら部のことは何も話さずに、普通の友達としてふざけた話ももちろんしますし、切り替えは上手にできています。
川合副将のインタビューはこちらから
イヤーブックこぼれ話②川合秀和副将
――山口さんにはそういった部員の方はいますか
山口:(学生コーチの)岡本(爽吾=商4・慶應)は一緒にいることが多いですね。スタッフということで関わることも多いので。自分の思いに共感してくれるというか、同じ思いを持っているやつなので、そういった面で自分の気持ちをちゃんと全部話せる相手です。選手に出せない部分もあるので、そこは同じスタッフの立場だからこそ話せる関係にあります。
――お二人以外にも、学年や役職を問わず学生スタッフの方が多くいらっしゃいますが、特に関わりのある役職はありますか
井上:僕はフィジカル強化を中心にやっていく中で、マネージャーの食事担当と話すことが多いです。あいつの体重がどうとか、このメニューがいいとか。僕は自分が選手の頃から食べるものを意識していたので、その経験を生かしてマネージャーとやり取りすることが多いですね。コーチとか分析担当よりも、マネージャーの食事担当と連携をとります。
山口:僕はまんべんなくコミュニケーションをとりますね。トレーナーの動きを監督・管理して動かす立場にあるので、ここに誰がいて、試合の時もそういうのを把握する必要があるので。特に男子マネージャーとは、普段のマネジメントの部分でよく話します。
――お二人のように、普段から100人近い同世代と関わって何かをしている大学生はあまりいないと思います
井上:確かに。
山口:そう言われてみれば確かに(笑)
――その際に気をつけていることなどはありますか
井上:誰にどういう接し方をしたらいいのかはすごく意識していますね。僕は特にウェイトをさせる立場なので、きつい練習をしたあとにウェイトをするのはとても大変で、「よっしゃ、やろうぜ」と言って気持ちが上がるやつもいれば、「きついけど頑張ろうな」と声をかければ上がるやつもいるし、ひとりひとりを理解するために日々のコミュニケーションは必要かなと思います。食事をとる時は、下級生も一緒に話したりします。選手とは違って一緒にいる時間も少ないので、一緒にいられる時に人となりを感じるのが大事なことだと思います。
山口:難しいな…。むしろ、あまり気にしないようにしていますね。壁を作らないというか。1年生からしたら4年生って話しかけづらいと思いますが、こちらとしても後輩と話すことで、多くのことを吸収できるので、色々な後輩の意見を聞かせてもらって、刺激を受けることもあります。本来言いづらい立場の人の意見をいかに引き出すか、話しやすいように接するようにしています。
――そんなトレーナーの仕事のやりがいはなんですか
井上:僕はウェイトを見ることが多いので、下のグレードにいた選手のフィジカルが強くなって上のグレードの選手に当たって勝った時は、頑張ったなあと思いますし、ウェイトの時にもう1kg追加するとか、そういう指導をしてよかったなと思います。そいつの力を引き出すことができたなあと思いますね。結果が出た時は嬉しいです。
山口:僕らはまだ目標に向けた通過点でしかないですし、本当にやりがいを感じているかと言われたらまだ感じていないです。それを感じられるのは笑って終わる時だと思っているので。
――今後、こうしていきたいという方針などはありますか
山口:それについては、もうシーズンも残りわずかなので、これからどう変えていくというよりは、新体制に入って自分たちが積み重ねてきたものを信じて突き進むだけだと思います。これからどうするというより、このまま突き進むという思いです。
井上:僕もそんな感じです。どうしていくというよりは、やるしかないという状態ですね。
――お忙しい中ありがとうございました!
(取材:竹内大志 写真:船田千紗)