慶應義塾の象徴ともいえる「塾旗」。慶應カラーの三色に彩られた巨大な旗は、皆さんも野球の応援席で目にしたことがあるのではないだろうか。この塾旗掲揚を担当するのが、應援指導部の「旗手」という役割である。この記事では、ケイスポ史上初めて塾旗練習を取材。普段は見られない旗手の練習風景に迫るとともに、旗手責任者へのインタビューを行った。
9月10日、塾旗練習が行われていたのは慶大日吉キャンパス・日吉記念館前の広場だ。取材日は法大戦の3日前、直前に迫った六大学野球の開幕カードに向けて、練習は一段と緊張感に包まれていた。この日の練習に主に出席していたのは、應援指導部チアリーディング部で塾旗ツールを担う部員たちだ。應援指導部では鼓手や旗手、応援指揮といった役割をそれぞれ“ツール”と呼び、部門関係なく、誰もがツールに挑戦できるよう門戸を開いているのだという。そのため他大と異なり、女性の旗手が多く存在していることも應援指導部の特徴だそうだ。
この日の練習では、先導旗、新第二塾旗、新第三塾旗、新第四塾旗と、計4旒(読み方:リュウ。塾旗を数える際の単位)の塾旗が揚げられていた。塾旗練習の一番の特徴は、練習用の旗ではなく本物の塾旗を使用することである。特に「先導旗」は慶早戦での塾旗入場といったここぞの場面で使うことも多い、塾旗の中でも“格”の高いものだ。実物を用いることで塾旗を扱うメンタルを磨き、重圧をはねのける強靭な精神力を身に付けられるのだ。
この塾旗はそれぞれが同じ作りをしているわけではなく、旗の大きさや色味、ポールの長さや形状、旗布の結び方といった多くのポイントに違いがある。そのため、旗手の体格に応じて塾旗を使い分けることも多いそうだ。ただ、やはり大きな塾旗を揚げたほうが見栄えするのは間違いない。旗手たちはより大きなサイズの塾旗を揚げるために、日々練習を積み重ねている。
練習の内容は主に2つ。まずは塾旗を揚げ、真っ直ぐ屹立した状態をキープし続ける練習だ。時折吹きつける風にも負けずに塾旗を保持し続ける、体力とバランス感覚が養われる。次に行われたのは「旗礼」の練習。これは塾旗を前方に傾け再び持ち上げる動作で、神宮球場では試合前後のエール交換の際に行われる。旗を用いてさながら“礼”のような動きを行う、非常に難易度の高い妙技だ。この日も起礼の練習は繰り返されていたが、部員たちは照りつける日差しにも負けず、着実に技能を磨いていた。
練習の終盤には、より本番の神宮球場を想定したメニューが組まれていた。慶大の塾歌と法大の校歌、2曲の音源を流し、実際のエール交換と同じタイミングで起礼を行うメニューだ。球場でのシチュエーションに限りなく近づけた練習に取り組む、應援指導部の用意周到なプランニングを感じられた一幕だった。
2時間にわたる練習は午後5時ごろに終了。旗手を担う應援指導部員は、集中した雰囲気の中で最後まで練習を行っていた。慶應義塾の伝統を受け継ぐ旗手が揚げる塾旗、応援席でも掲げられているこの旗に、皆さんもぜひ注目してみてほしい。
~~~旗手責任者 T.Kさんインタビュー~~~
Q.塾旗ツールを志望した理由
もともと私は途中入部だったこともあって、1年時は自分のことに必死で、応援席で旗が上がっていることも知らないくらい、周りが見えていませんでした。それが、定期演奏会の應援ステージで塾旗が上がったときに初めて塾旗を目の当たりにして、「これはかっこいいな」と。塾旗は誰が見ても慶應らしさを感じるものだし、ちょうど慶應らしいことをやりたい、と思っていた時期でもあったので、旗手を始めることにしました。
Q.下級生時の練習で大変だったこと
様々な意味での塾旗の“重さ”ですね。一番に感じたのは、歴史や伝統の重さです。代々受け継がれてきた伝統ある塾旗ですから、それをいざ持つ、となるともちろん気軽には持てないですし、きちんと持てているか、落とさないか、というところには気を遣いました。伝統は後に受け継ぐものですけど、それよりもまずは自分が塾旗の伝統を会得できるか、というところの重みを感じていました。
Q.塾旗を持つためのトレーニング
リーグ戦から逆算して練習を重ねています。今日のようなリーグ戦直前であれば、旗を上げてキープし続ける練習、あとは旗礼(塾旗を前方に倒し、もう1度持ち上げる動き)の時間を延ばすとか、球場を想定した練習が中心です。あとは、塾旗の布地をポールに結び付ける練習もやっています。
Q.旗とポールは常にくっついているものだと思っていました
そうですよね。実は、旗とポールは分けて保管してあります。ポールの長さや形も1本1本違うので、ポールへの旗の結び方もそれぞれ異なっているんです。
Q.神宮球場で旗を上げる難しさ
一番難しいのは風への対応です。塾旗って、風のない屋内でただ持つだけではそんなに重くないんですよ。でも風が吹くとポールがしなったりして、影響を大いに受けます。特に秋の慶早戦の時期、三塁側応援席は一塁側より風が強いんですね。なので、あの時期は特に気をつけて旗を上げています。あとは試合後に旗手を務める際は、1回から7回あたりまで全力で応援して、そこから旗を上げることになります。体力配分が大事ですし、終盤の劇的な展開にもメンタルを動かされず、冷静さをキープするよう心掛けています。
Q.塾旗を素手で触ったり、地面につけたりしてはいけない理由は?
個人的に考えている理由は、旗自体を守るため、というのが大きいです。地面につけるような動作を何度も繰り返してしまうと、ポールが傷ついたり、旗が汚れてしまう可能性があります。塾旗は應援指導部のものではなく、慶應義塾が所有しているものです。部として信頼を受けて上げさせていただいているものなので、丁重に管理するべきだと考えています。ただ「神聖なものだから」という理由ではなくて、慶應義塾が大事にしているものだから、慶應義塾のシンボルだから、触る際に細心の注意を払う、というのが理由です。
Q.Tさんの“好きな塾旗”は?
「先導旗」です。自分が上げた回数も特に多いので、愛着が湧いている塾旗です。先導旗、という名前も好きですし、旗布とポールのバランスであったり、色味、竿頭の形、といった見た目の観点から見ても好きですね。旗手責任者として慶早戦の塾旗入場や應援ステージに臨む際も、主に先導旗を使っています。
Q.旗手を務める際に、一番大切にしていること
塾旗への向き合い方として、自分の中で「一番かっこいい塾旗」を見せることにこだわっています。自分なりに綺麗な旗の結び方や上げている際の姿勢を研究していますし、自分が旗手を志した経緯もあって、かっこいい塾旗の姿を見せることで「塾旗で人の心を動かしたい」という思いがあります。
Q.旗手の後輩たちに大切にしてほしいこと
まずは塾旗の伝統を守っていってほしいです。それと、私の代では「塾旗のカッコ良さを発信する」ということをモットーにやっているので、それを継続していってほしいな、と思います。
Q.Tさんにとっての“塾旗”とは
私が旗手責任者を担っている中で、塾旗に自分を捧げるくらいの強い気持ちでやっていますし、誰よりも塾旗と真剣に向き合っている自負があります。塾旗に対しての憧れ、思慕は部内の誰よりも強いと思います。
Q.来場されるお客様へのメッセージ
塾旗は誰が見ても“慶應義塾”と分かるものです。試合前には塾旗の下に集って塾歌を歌い、勝利への空気感を作り上げる、試合後にも塾旗の下で塾歌を歌い、勝利の喜びを分かち合う、というところで、塾旗は常に塾生・塾員を1つにまとめている特別なものだと思います。神宮球場では私自身とてもこだわりのある塾旗を掲揚しますので、そのカッコいい塾旗をぜひ見に来ていただけたら、と思います。
(記事 鈴木拓己)