【競走】 “悔しさ”で始まり、 “悔しさ”で終わった陸上人生 それでも語る「苦しんでなんぼ」/4年生卒業企画「光るとき」No.46・鴨下友織菜

競走

25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第46回となる今回は、競走部副将中距離ブロックの鴨下友織菜(環4・都立三鷹)。昨年夏、日吉陸上競技場で行われた第101回早慶対抗陸上競技会。レース直後、井上汐莉(法4・韮山)と抱き合い涙を見せた鴨下。勝敗や記録では測れない、4年間の重みが一気に溢れ出たような涙だった。

あれから一年。あの涙に至るまで、彼女はどのような景色を見て、何を抱えて走ってきたのだろうか。

 

陸上の道へ進む原点は、小学生の頃にマラソン大会で4連覇を逃したという“悔しさ”だった。勝ち続けていた中で初めて味わった敗北は、幼いながらも強烈に胸に残り、鴨下は「まだまだ上がいるのだと小さながらに感じた」と振り返る。その経験を境に、走ることの“楽しさ”は、次第に本気で向き合いたいという“覚悟”へと変わっていった。

3年生で出場した第93回日本学生陸上対校選手権大会 〈本人提供〉

その後も走ることを軸に競技を続け、鴨下は高校から大学へと順調に陸上人生を駆け上がっていった。しかし、2年生の夏に迎えた大きなブランクが、その流れを一変させる。腰の怪我をきっかけにコンディションは崩れ、理想と現実のギャップは日に日に広がっていった。これまで積み重ねてきた方法も通用せず、自信は次第に戸惑いへと変わり、競技への向き合い方さえ揺らぎ始めた。気持ちが追いつかず、競技場へ足が向かない日もあったという。

 

先ばかり見て焦っていた鴨下に、足元の小さな目標を一つずつ積み重ねることの大切さを思い出させてくれたのは、他でもない競走部の仲間たちだった。その中でも、鴨下が「何を信じていいのかという指標になった」と語るほど、支えになった二人の存在があった。

一人は同期の井上(汐)だ。同じ中距離ブロックの選手であることから互いに「心の底から応援できる仲間ではない」とライバル視していたが、関東インカレで表彰台に立ちたいという大きな夢を語り合う中で、ライバルから“同じ方向を見て走る仲間”へと変わっていった。  

そんな井上(汐)とは、練習前にハイタッチを交わすというルーティンがある。言葉はなくとも、手のひらから伝わる「一緒に乗り越えよう」という気持ちに何度も救われ、そのおかげで「自分の目標を失わずにいられた」と振り返る。

もう一人は、大江ヘッドトレーナーだ。ケアの時間にたわいない話を交わしながらも、さりげなく愚痴を吐ける息抜きの場をつくってくれた存在だった。鴨下が不安を口にする度、いつも「大丈夫だよ。本当に大丈夫。」と声をかけてくれたといい、その言葉に何度も救われ、前向きになれたという。

レース後、応援席を振り返る鴨下と井上(汐) 〈本人提供〉

引退を決めた瞬間について、鴨下は迷いなく「早慶戦だった」と答えた。昨年夏、日吉陸上競技場で行われた第101回早慶対抗陸上競技会の女子800m。鴨下は、このレースを最後に引退するのか、それとも10月のALL KEIO陸上祭まで走り続けるのか、二つの選択肢のあいだで揺れたままスタートラインに立った。

その迷いが断ち切れたのは、ゴールした直後だった。

結果は、鴨下は3位井上(汐)は1位。井上(汐)に敗れた悔しさが胸を突き上げ、「もう1回」と思うほど気持ちは揺れた。それでも、振り返った先に広がっていた応援席に座る家族の姿や声援が目に入り、その瞬間に鴨下は心を決めた。

鴨下は当時の心境を、「正直悔しさから始まって悔しさで終わっちゃった陸上ではあったんですけど、それもそれで自分かなと思って」と語る。

また、最後に勝てなかった戦友・井上(汐)と抱き合って流した涙について、「年間この子と走れてよかったなって思いとか、最後ぐらい勝ちたかったなとか、本当に色々思っての涙だった」と語る。その涙には、積み重ねてきた努力の集大成も、思うようにいかなかった悔しさも、そしてそんな時間を共に過ごせた仲間と巡り合えたことへの深い実感も、すべてが入り混じっていた。

井上(汐)と抱き合う鴨下

大学4年間の陸上生活を一言で表すとしたら何か。そう尋ねると、鴨下は少し考えた末に「」という言葉を選んだ。競技力だけでは説明できない巡り合わせが、彼女の大学生活には確かにあった。多くの公式戦に立つ機会を得られたこと、競技を続ける中で自分が変わっていったこと、そして何より、そこで出会った人たちの存在が、彼女の競技人生を支えてきた。

競技生活を終え、後輩たちの姿を見つめるようになった今、鴨下には伝えたい思いがある。「あれだけキラキラした世界はないぞと皆に言いたいし、苦しんでなんぼ」。

苦しさも含めて、あの世界は唯一無二だった。だからこそ、後輩たちにはその苦しさから逃げず、結果を求め続けてほしいと願っている。「絶対諦めないでもがいてほしい」と続け、もがき続けた時間こそが自分を変えてきたという確かな実感が、その言葉に力を与えていた。

同期たちと笑顔で写る鴨下 〈本人提供〉

そして最後に、これからの自分自身へのメッセージも重ねた。

「4年間あれだけ運が良かった環境とか人とか、自分の頑張り方を忘れないで。」

その言葉は、もがき続けた日々がこれからの自分を支える力になることを、そっと確かめるような一言だった。

                              (取材・記事:五條理子)

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