慶應スポーツ新聞会

【バスケ(男子)】<コラム⑥>大学最後の戦いを終えた、誰よりも“4番”が似合う男――鳥羽陽介

今季のリーグ戦を12勝10敗の5位で終えた慶大。昨季と比べて成績はもちろん試合内容でも遥かに上回る出来を見せ、観る者に感動を与え続けた彼らの勇姿を、我々は決して忘れることはないだろう。そんな今季のチームを引っ張ってきたのが、主将を務めた鳥羽陽介(環4・福大大濠)。昨季にどん底まで落ち込んだ慶大を一体どのように立て直し、今季のリーグでの大躍進へと繋げたのか。主将としての苦労と、勝利への喜びに満ち溢れたこの1年間の歩みを、彼の言葉とともに振り返っていく。

 

バスケットボールという競技において、“4番”というのは特別な背番号だ。野球における“10番”と同様に、バスケにおいては主将が“4番”を背負うのが、特に高校までの間は多くの学校で伝統とされている。大学やプロになると背番号はバラバラになるケースが多いが、慶大は今なおこの慣習を受け継いでいるチームの一つである。

名門の福大大濠高校でこの“4番”を背負い、チームを全国制覇へと導いた鳥羽は、同校出身で憧れと語る福元直人(2016卒・福大大濠)を追うように慶大に進学。大きな期待を背負っての入部となったが、「プレッシャーを感じず、純粋にバスケットボールを楽しませてくれた」という環境の中、1年目から多くのプレータイムを確保。2年目もチームは降格となったものの、鳥羽自身は平均11.8得点、FG46.7%とエースとして1部の舞台で躍動し、順調なステップアップを遂げていた。

ところが「チームの方向性がまとまらないままシーズンが進んでしまった」3年目は試練の1年となった。主将の退部というアクシデントに加え、自身を含め負傷者も続出。1部復帰を期待されていたものの、一向に浮上の気配が見えないまま7位という結果に終わり、「上級生として示しがつかなかったし、チームを崩してしまった責任を感じた」と当時を振り返っている。

下級生の頃から主力として1部の舞台で活躍を見せた

そんな状況で始まった4年目のシーズン、鳥羽が主将として最初に着手したのは「“慶應らしさ”をもう一回作っていく」こと、「どうチームに貢献できるかをそれぞれが考えて、主体的に実行していく」という理念を全員で共有できるようにすることだった。彼は高校の頃の経験から、何よりも全員が共通の意識を持ってプレーすることが大切だと考えていた。しかし高校では「経験のある選手たちで、日本一を目指して頑張るという目的意識を統一しやすかった」一方で、慶大では「公式戦で勝てなかった選手も、日本一になるような選手もいる中で、同じ方向を向かないといけない」という違いを実感するなど、チーム作りは根本の部分から一筋縄ではいかなかった。それでも他の4年生も認めるように、この期間にチームで何度も話し合いを重ね、全員が同じ方向を目指せるようになったことが、最終的には今季の躍進に繋がることになった。

しかし当然ながら結果がすぐについてきたわけではなく、「試行錯誤の中でなかなか上手くいかなかった」春シーズンは苦悩の日々が続いた。負傷者が多いというチーム事情はあったが、春の目標だった早慶戦を含め勝利が遠く、鳥羽は主将として人一倍責任を感じていた。リーグ開幕直前の段階でも不安は拭いきれず、「山﨑純(総3・土浦日大)の怪我は不安材料だったし、いけるかどうかは自分の中で五分五分だった」と正直な胸の内を明かしている。

フィジカルを活かしたドライブはあらゆる相手にとって脅威に

その意味で鳥羽も認めるように、江戸川大との開幕戦で勝利を掴み取れたのは非常に大きかった。試合では吉敷秀太(政4・慶應義塾志木)をはじめ、これまで出番に恵まれなかった選手が奮闘。「チームにとってプラスの影響を与えてくれたし、自分にとっても大きな刺激になった」と語る通り、彼らの活躍はチーム全体に相乗効果を生み出した。その後も慶大は強豪の国士大を破るなど好調を維持。負けが込んだ時でも「“ダメだったよね”で終わらないで、みんなが課題をそれぞれ持ってきて変えていこう」という姿勢を浸透させ、次戦への糧としてチームを成長させてきた。試合を追うごとに進化を遂げてきた慶大はシーズン最終盤、入れ替え戦行きのプレッシャーのかかる状況で4連勝を達成。鳥羽を中心とする4年生が、1年間かけて作り上げてきた“慶應らしさ”がついに実を結んだ瞬間だった。

ディフェンスの上手さはリーグでも随一

鳥羽自身にとっても今季は充実したシーズンとなった。過去3シーズンは怪我に泣かされることも多かったが、今シーズンは初めて全試合に出場。前述の国士大戦で29点を挙げたのを筆頭に、22試合中16試合で二桁得点をマークし、得点やアシスト・3ポイントなど多くの部門でリーグ上位にランクイン。髙田淳貴(環3・城東)や山﨑のサポート役として、また苦しい時間帯には得点源として、守備時には相手のエースをマークするストッパーとして、攻守にわたるオールラウンドな働きによる貢献度は絶大だった。彼の獅子奮迅の活躍が無ければ、怪我人続出のチームがあっという間に崩壊したであろうことは、想像に難くない。

今季は全試合出場で平均13.4得点を記録

「4年生全員が気持ちを前面に出してやりきれた」最終節の翌日、他校の結果を受け慶大は5位となり4年生の引退が決定。鳥羽はあと一歩のところで入れ替え戦に届かなかったことに悔しさを滲ませながらも、それでも「このチームで最後まで戦いきれたのは本当に良かった」と晴れやかな表情を見せた。「素晴らしい同期や先輩・後輩に恵まれたし、ここに入って良かったと心の底から思った」と振り返る慶大での4年間を終え、彼は“4番”のユニフォームを脱いだ。しかしコート上で披露してきた圧巻のスキルに加え、卓越したリーダーシップを備えた偉大な主将の姿を、私たちはすぐにでも恋しく思うはずだ。他の誰よりも“4番”が似合う彼が引っ張ってきた今季のチームが、慶大バスケ部の歴史に確かな足跡を残したことは、疑いようのない事実である。

 

(記事:徳吉勇斗)

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