早慶スポーツ紙コラボ企画の第2回目は、今年の夏の甲子園で監督として慶應高(塾高)を107年ぶりの日本一に導いた森林貴彦監督。慶應高野球部のことやラグビーというスポーツの印象、スポーツ界全体への視点など、お話ししていただいた。
慶應高野球部の魅力、そして優勝をつかんだ夏の甲子園
――自己紹介・経歴を教えてください
私は慶應義塾に入ったのは(慶應)普通部からです。普通部と塾高で6年間野球部に在籍していました。大学生のときは、この慶應高校の野球部で学生コーチをしていました。大学を卒業後NTTに就職をして、3年間サラリーマンをしていましたが、学生コーチをやっていた4年間が非常に熱くて楽しい充実した4年間だったので、そちらの方に戻りたいなという気持ちが高まりました。サラリーマン生活に終止符を打って、スポーツの勉強を一からしたいということと、教員免許も取らなきゃということで、筑波大学大学院に3年間いました。28歳で慶應義塾幼稚舎の体育の教員の募集があったので応募して、翌年から体育の教員になりました。その1年後、2003年から慶應義塾幼稚舎の担任になり、今に至ります。
野球の方は幼稚舎の教員をしながら、塾高野球部のコーチという形でずっと週末中心にお手伝いしていました。その後助監督になって、2015年の8月に監督に就任して9年目になります。今は慶應義塾高校野球部の監督と、幼稚舎の教員の二刀流でやっています。
――慶應高野球部の一番の魅力はどこですか
野球を楽しみ、一人一人が野球を追求する姿勢を持っていることだと思います。自由で、独立自尊、やりたいことを追求する、一人一人の意見を大切にすることはもう学校の校風として大学もずっとあると思いますが、やっぱり好きでやっている野球を自分で追求しようっていうような姿勢は、どこのチームよりも強いと思います。それが自分で考えるということにもつながると思います。
――「エンジョイベースボール」というスローガンを掲げていますが、「エンジョイ」の捉え方を教えてください
「エンジョイベースボール」を「楽しい野球」と訳されてしまうと、草野球と同じでただその場が楽しければいいとか、野球が終わっておいしいご飯が食べられればいいという使い方になってしまうと思いますが、そうではなく、よりレベルの高い野球を楽しもうということを目標にしています。今回のその夏の甲子園の決勝戦で昨年優勝の仙台育英と戦うことは、究極の野球の楽しみ、「エンジョイ」だと思うんですよね。だからすごく贅沢な経験を今年の夏にはさせてもらったなと思っています。
――「エンジョイ」するためには、日々どういうことを積み重ねていけば良いと思いますか
スポーツ以外でもそうですけど、日々のコツコツとした積み重ねがあって、決勝戦という舞台や甲子園という舞台でのプレーがあります。そこの地道な積み重ねは決して欠かせないです。うちもエンジョイと言っていますけど普段の練習でみんなニコニコやっているかというと全然そんなことはなくて。つらい思いもしながら逃げたいなと思うことにも取り組んだり、みんなで励まし合いながら何とかやったり、いろいろ叱られることもあります。仲間との切磋琢磨や挫折も含めて、最後楽しむためには、地道な部分、地味で暗い道も通ってかなきゃいけないということはずっと言っています。そういう日々の積み重ねがあるからこそ、最後にエンジョイできるということは伝えていますし、ある程度彼らも理解はしていると思います。
――「慶應の応援」も注目されました。大声援をどう思われましたか
確実に選手たちの力にはなりました。(球場の構造的に)ただでさえよく響く中で実際にあの人数からして本当に素晴らしくて。慶應の応援ってみんななんていうかな、好きで来ているじゃないすか。嫌々来ている人がいない、動員されて来ている人がいない。チケットの争奪戦の上に何とか来られた方たちなので当然声もよく出るわけですよ。みんな応援したくて来ているから、ボリュームも大きくなるし、その人数の絶対数も多いです。高野連の人たちも、「こんなの聞いたことないよ」とおっしゃっていました。一部からは批判もありますが、逆の立場だとしたらそれ(声援)でエラーしたとか、苦になったということは全然思わないので。仙台育英さんもそんなレベルの低いチームじゃないですし。応援のマイナス面じゃなくて本当にプラス面を大いに感じて選手は勇気づけられたし、実力プラスアルファが出たと思いますね。本当にありがたい応援の力でした。
ラグビー、スポーツ全般について―伝統や将来像―
――野球から少し離れますが、ラグビーの第一印象を教えてください
ラグビーは野球と違ってプレーが始まったら監督の影響力がほとんどない。今は戦術的な選手交代がありますが、昔はけがでもしない限り選手って入れ替えられなかったんですよ。監督ももう始まっちゃったら客席で見ているしかない。ハーフタイムだけちょっと指示を出す感じだったので。選手同士のコミュニケーション、選手の状況判断、それからキャプテンの統率力が野球以上に問われ、選手の自己判断の力がすごく必要だなと思います。
一方で野球みたいにすぐにタイムを取ったり円陣を組んだりできない中、15人という大人数をどうまとめて意思統一しながらやってくのかという魅力があふれています。そして迫力もあります。本当に僕も見ていて好きなスポーツです。
――学生コーチ時代、後輩を指導している形になると思いますが、そこから得たことは何ですか
年の近い後輩たちが成長していくのを目の当たりにできることはすごくやりがいがありますよね。また、監督の言う通りに手伝うというよりもある程度任されている部分もありましたし、いろいろな意味でやりがいを感じました。目の前の選手は成長するし、監督からもある程度任せてもらえるし、すごくやりがいが大きい学生コーチ時代の4年間でしたね。
――森林監督が学生の頃の学生と今の学生で違うところは何かありますか
今の学生の方がコスパやタイパにはすごく敏感なような気がします。それから、社会に出てから何をしたいか今の方がより考えているような気はしますね。早めにインターンに行ったり留学したり、何か自分の現在とか将来についてもよく考える傾向は、強まっているような気がします。今の大学生は、自分の将来のことと自分の今やりたいことのバランスを取りながらやっているような気がして、それがまたお金の無駄遣い、時間の無駄遣いにならないようにコストパフォーマンス、タイムパフォーマンスにも敏感になっています。時間とかお金を有効に使いたいという意識が強いのかなと思います。それは良いことだと思います。
――そういう選手たちと向き合う上で一番大切にされていること何でしょうか
まずは自分で考えるということです。それは高校生に対しても大学生に対してもそうです。自分と向き合って自分がどうしたいかということはすごく大事だと思います。それから野球部に入ってきているということは野球がやっぱ好きで入ってきていて、仕事じゃないので。好きで入ってきている野球部なのに、受身的で指示待ちとかね。言われたことだけやって満足しないで欲しいです。次はどういうフォームにしたら打てるようになるかなとか、どういうピッチングフォームがいいかなとかを自分で考えて、試行錯誤しながら追求する。監督やコーチはそれを一緒に手伝う、伴走する感じです。僕らが引っ張るのではなく、そういう意識で携わっています。
――数十年後・100年後、スポーツ界や学生スポーツ界はどうなっていると思いますか。森林監督の理想のスポーツ界を教えてください
100年後にスポーツがより大切な地位を占めているのか、それとも後回しにされてしまうのかは、今、過渡期だと思います。スポーツの価値をどれだけ世の中の人たちに理解してもらえるか今大事な時期だと思います。慶應でいえば体育会。体育会が何のためにあるのか、体育会の学生はかなりの時間を使って何をそこで得ているのかを、体育会にいる自分自身も知らないといけないです。それから一般学生や社会に対しても体育会にいることで、これだけいいことがあるとか、人として成長できるということを示していかないといけない。ただその競技がうまいとかの問題ではなく、その競技がうまいのは当たり前でそれを専門にやっているんだから。野球をやっていた野球部からプロ野球選手が誕生したということは、いいことですが当たり前で、アメフトをやっている子がプロ野球選手になるわけないので。プロ野球に行かない人たちも、社会に出て活躍するような人材になっていますとか、体育会でやることでこういう人間が育っています、ということはすごく大事です。スポーツそのものを楽しむ部分と、もう一つ学生の間のスポーツは人材育成など教育的な側面が絶対にあるので、その価値をきちんと示していかないと、100年後スポーツは軽視され、寂しい存在になってしまう気がします。100年後によりスポーツが栄えて日本がスポーツ大国になっていくためにも、僕ら指導者も新しい指導のあり方を追求していかないといけないです。いつまでも体罰や不祥事をやっていると、世の中に対してネガティブキャンペーンをやっているのと一緒なので。慶應でないとかそういう問題ではなく、どこかの大学のスポーツで(体罰や不祥事が)あると、「もうスポーツなんか駄目じゃないか」「こういうチームなんか潰しちゃえ」となってしまうじゃないですか。そうならないためにも、この10年間ぐらいがすごく大事だと思っています。100年後どうなるか分からないですけど、100年後がスポーツを含めたより豊かな日本社会、大きく言えば世界平和とかそういうことにつながるように、今これからの10年間、体育会にいる学生も指導者もしっかり頑張らないといけないなと思っています。
――慶應高の髪型のことや、ラグビーでも2019年の前監督が就任後、留学生も迎え入れるようになりました。森林監督の伝統への向き合い方を教えてください
伝統は守るというけども、そのときの判断でより良いものを書き加えてつくっていくものです。つくっていくためには、削るものもあるし増やすものもあると思うんですよ。ただ今までのものをずっとそのまま守っていくだけなら現状維持であり、基本的に組織は停滞するし、もっと言えば衰退につながります。何もしないただ守るだけの現状維持はあり得ないと思っています。だから伝統は守るものじゃなくつくり上げていくもの。今いる自分たちがいいと思ったことをやって、振り返ってみたらそれがまた新しい伝統になっていたということだと思います。昔やってきた人たちも新しいことをやってきた結果、それが今「伝統」と言われているわけで。新しいことに挑戦することに対して僕は全然抵抗はないですし、それをやるべき学校だと思っています。学校、OB・OG、関係者はみんなそういうのを認めるような慶應義塾であってほしいなと思っています。
――学生スポーツの魅力を教えてください。
プロや社会人と違ってお金や利害関係がなくて、チームとしての目標に対して一途で一体感があることが学生スポーツの魅力です。うまくいけばそういうチームになれるし、うまくいかないとまとまらないことになるので、難しい部分もありますが、お金や利益で一致したわけではなくて、みんなが決めた一つの目標に向かって進んでいくことが良さです。一体感や絆など、そこに在籍した人じゃないと感じられない素晴らしさはあると思います。
相手がいるからこその早慶戦
――大学の野球の早慶戦の思い出や印象を教えてください
早稲田・慶應の両方の学校のプライドをかけた応援合戦がすごいです。でも不思議と早慶で敵ではなくライバル・いい相手ということを幼心に感じていました。今もそうですが、より高め合う仲間ということを強く感じます。相手への敬意も感じますし、高め合う仲間としての早慶戦ということは、どのスポーツにおいても大事だと思いますし、これからも大切にしていくべきことだと思います。
――慶應義塾の良さはどこでしょうか
一人一人を大切にする、独立自尊ということが学校の大きな柱になっています。よく自由と言われますが、一人一人が自由の中でどうありたいか、何を大切にしたいかを決めて進む。自分も相手のこともお互いを大切にするというところがあります。また、先輩後輩など人のつながりを大切にしますし、各地に三田会もあるので、縦と横のつながりが濃密ですね。こっちは卒業してから分かることだと感じますね。
――あなたにとって早慶戦とは?
「お互いを高め合える場」です。相手がいるから成長できる、お客様も含めて。今回の野球の早慶戦の場合だと平日だけど18,000人も入ってくれて、土日も30,000人(近く)入ってくれました。ああいう(観客がたくさんいる)環境でやらせてもらうということは、学生スポーツをやっている者からしたら最高の環境なので。そこでいいライバルがいて自分も成長できるので、お互いに成長できる場、高め合える場だと思います。
――お忙しい中、ありがとうございました!
(取材:野上賢太郎、長沢美伸)
♢森林貴彦(もりばやし・たかひこ)慶應普通部、慶應高、慶應義塾大学法学部法律学科卒。卒業後は一度サラリーマンとしてのキャリアを歩み始めるが、その後慶應幼稚舎の教員と慶應高野球部の指導に当たる。2023年夏の全国高校野球選手権大会(甲子園)では監督としてチームを107年ぶりの日本一に導く。
おまけ
取材した記者の一人は甲子園の慶應高の全5試合を全て現地で、日帰りで観戦。もう一人は慶應普通部野球部出身で森林監督の直属の後輩。森林監督のおっしゃっていた「つながり」とはこういうところだと実感しました!