【Last message】最後の早慶戦で見せつけた”4年の意地”/4年生特集「Last message〜4年間の軌跡〜」 No.9・根津拓斗(ソッカー部男子)

ソッカー男子

24年度に引退を迎えた4年生を特集する「Last message~4年間の軌跡~」。第9回となる今回は、ソッカー部男子の根津拓斗(政4・慶應)。ラストシーズンでは念願の「2部優勝、1部昇格」を成し遂げ、有終の美を飾った慶大ソッカー部。その最後の砦を守り続けてきた高身長GK・根津が歩んできた4年間を振り返る。

 

190㌢という圧倒的な高さを誇る根津拓斗。慶應義塾高校時代には副将を務め、その身長を武器に活躍した。慶大ソッカー部に入部後も首脳陣の期待を一身に背負い、成長を遂げる。大学1年次には出場機会に恵まれなかったものの、2年生になると関東リーグ2部の舞台で18試合に出場。憧れの早慶戦への出場も果たした。しかし、3年次は開幕戦にスタメン出場するもケガで離脱。シーズン終盤に復帰を果たすが、本来の調子を取り戻せないまま、悔しさを残して3年目を終えた。

3年目のリベンジを賭けたラストシーズンだった

そして迎えたラストシーズン。監督には横浜F・マリノスでのプレー経験も持つ中町公祐(平21卒)が就任。慶大はモットーに「超攻撃」を掲げ、GKにも積極的な攻撃参加が求められた。そんな新しいプレイスタイルに根津は苦戦した。このときを振り返って根津は「(難しさは)めちゃくちゃ感じてました、最後まで感じてました(笑)。今までやってたチームで、ビルドアップみたいなものをやってこなかったので、自分の中では完全に新しい挑戦で。キーパーはゴールを守るポジションなのに、ゴールを開けなきゃいけないっていうところで、今までのゴールを守ってればいいというゴールキーパー観が結構崩された感がしたんですけど、でも結果的に4年目で全く新しいサッカーにチャレンジできたので、めちゃくちゃいい経験ができたなと思います」と語った。

スタメンで出場出来ない日々が続いた

新しいプレイスタイルに上手く適合できなかった根津は開幕スタメン、背番号1の座を同学年のGK・村上健(政4・國學院久我山)に明け渡す。リーグ戦開幕後も試合に出場することはなく中断期間前の13試合はすべて出場無しに終わった。8月25日、11年ぶりに国立競技場で行われた早慶定期戦。この日も根津はベンチスタートだった。中学から憧れ続けていた早慶戦の舞台。ベンチから必死に声を出し続けるも、試合は次第に早大ペースへ傾いていく。1点、1点と失点を積み重ねていき、最終的には0-4で敗戦。根津は出場することさえ許されず、最後の早慶定期戦をベンチから見守った。「僕は早慶戦出場が自分のサッカー人生の中で一番の目標だったので、それがもう、社会人出て、また大学入って早慶戦に出るなんて無理だし、絶対に叶わない訳じゃないですか。だから戻ってこないのか、と思うとシンプルに悲しかったです」と話し、悔しさを露わにした。

早慶戦では悔しさを滲ませた根津

このまま公式戦に出場することなく、ソッカー部生活に幕を下ろすかと思われていた根津だったが、10月に行われた関東リーグ第19節早大戦、公式戦として最後の早慶戦で根津にチャンスが巡る。前節で村上がケガで離脱。「2部優勝、1部昇格」に向けて絶対に負けれられない一戦。守護神は根津に任された。この日の根津はいつもとはどこか違った。「ここで勝てなければどこで自分のサッカー人生を体現するんだ」と自身に言い聞かせたという根津。彼の覚悟はプレーに表れた。身長を活かしたダイナミックなプレーでファインセーブを連発。負けたことがないと自負する空中戦では、一切苦戦する様子を見せず、慶大のゴールを守り抜いた。試合は1-1で終了。勝利とはならなかったが、大事な一戦を落とさなかった慶大はそのまま調子を崩すことなく、リーグ戦最終節22節の日体大戦で念願の「2部優勝、1部昇格」を成し遂げた。出場機会が限られようとも、ベンチから声を枯らし、巡ってきたチャンスでは責任を果たす。そんな根津の姿は、きっと後輩たちの心に刻まれている。

後輩たちに「夢」を見せた根津

(記事:塩田隆貴)

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