『八秒で跳べ』特別企画① 作者 慶医大生・坪田さんの想い―浮かび上がるリアルな青春―

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2月13日に文藝春秋より出版された『八秒で跳べ』。リアルな高校生活を描いた本作の作者は現役の慶大医学部生・坪田侑也さんで、本作が2作目となる。1作目は中学時代に執筆した『探偵はぼっちじゃない』であり、ボイルドエッグズ新人賞を獲得。本作は医学部、そして医学部体育会バレーボール部の活動と両立しながら書き上げた。そんな作者・坪田さんと作品の魅力をひもとく。

 

※記事中には一部記事作成者の感想を含んでいます

 

三足のわらじ

坪田さんは、医学部生、医学部体育会バレーボール部員、小説家と三足のわらじを履いている。コロナ禍を経てオンデマンド授業も多いという医学部の授業、週2~3回の練習と試合に取り組む医学部体育会バレーボール部の活動と両立しながら執筆活動に取り組んだ。

坪田さんは小説を慶應幼稚舎時代から書いている。はやみねかおるさんの作品を読んだ際に、「すごい面白くて、僕もこういうものを書いてもいいんじゃないか」と思ったことがきっかけだという。そこから小学校の図書室に置いてもらうような作品を書き、中学1年生の時には「労作展」という夏休み明けの展示会に向け、東京メトロを題材にした短編小説を執筆した。一方でバレーボールも慶應普通部時代から始め、すでにこの時から学業、部活、小説家の3つに励んでいた。

坪田さんにとって、小説もバレーボールも身近なものであった。「小学校までの行き帰りの道のりで兄がずっと本を読んでいたので、小学校の登下校の時間は本を読むものなんだと」と小説に興味を持ち始めたきっかけを振り返る。バレーボールも中学時代から現在まで続け、「自分の生活のスパイスみたいな感じになっている」そうだ。

しかし、現在所属する医学部では高校時代までとは少し違ったことを感じているという。小中高でも多才な同級生がいたが、「大学に入るとガラッと変わって今まで接してこなかったような人たちやいろいろな背景を持った人と関わるようになった」と話す。ただこのような多様な人々との関わりが小説での心情描写にも生きているのかもしれない。実際に、坪田さんも日常生活でのインプットを大切にし、小説を書く際にも影響を受けているという。この作品には小説家だけをやっていたら決して描けない、三足のわらじを履いているからこそ描ける鮮明な描写が、多く存在している。

 

葛藤

前作『探偵はぼっちじゃない』が発売されたのは5年前、高校生の時だ。しかしそこから思うように書けない時期が続いた。坪田さんの心に残っている、京極夏彦さんの「とにかく書き続けてください、名作を1つ出す必要はない。駄作を10作書いてください。その駄作が誰か一人に刺さるから」という言葉にも支えられ書き続けた。そのため完成した時には安どの気持ちがあふれた。一つ一つの場面を丁寧に描写する中でも、バレーボール経験者だからこその悩みがあった。「自分がやっていた分、本当に細かい指一本の動きまで書こうと思えば書けてしまいますが、それをやってしまうとバレーボールという一番動きのある場面で読者が停滞してしまう」。さらにストーリー展開も、弱小校が下剋上を果たすようなものではない。本作はバレーボール小説ではなく、高校生活を舞台にした青春小説である。坪田さんも「会話で登場人物たちのキャラクターとか内面が見えたら良いなと思っている」と語るように、「人」に注目したい。

そしてもう一つ、医学部生ならではの苦悩を打ち明けてくれた。「周りには大袈裟に言えば人類の進歩につながることを研究している人だっている。でも小説は、別に人類の進歩につながらないなと。患者さんは救えないなと思ってしまう」。坪田さん自身も小説で救われるという経験をしていると言うが、書き手としては信じきれない側面も存在している。埋まることはないギャップにも向き合い続けるべきだと坪田さんは考えている。その感情の揺れもいつか綴られる時が来るだろうか。

 

回顧と想像

記者が最初に読んだ時に感じたことは「懐かしい」だった。高校生活の鮮明な描写に惹かれていった。今まで頑張れていたことに急に頑張れなくなる。かつてできていたことができなくなる。全力で打ち込めるほど好きなことがある。そんな誰もが経験するような高校生活の起伏が蘇る。登場人物に特殊能力を持つ人はいないし、大逆転劇は起こらない。ただ、日常生活の何気ない一言や行動、偶然が時には自分の、ある時には他人の未来を少しずつ変えていくこともあると実感できる。好きなことに打ち込めることの尊さを気づかせてくれる。

かつて高校生活を過ごした人のみでなくこれからの世代に向けても、「まだ過ごしていない高校時代を想像するような小中学生にも読んでもらって、高校時代を楽しみにしてもらいたい」と語った。

自分はどの登場人物のキャラクターに近かっただろか。どんな高校生活を送っているのだろうか。読者自身の回顧や想像と重ね合わせることができる本作は、一人一人にパーソナライズされた読書体験を提供しているのではないか。世代を問わず人々の心に、「あなたの」青春時代が浮かび上がる。

『八秒で跳べ』坪田侑也 | 単行本 – 文藝春秋BOOKS (bunshun.jp)

 

(記事:長沢美伸)

第2弾来週公開予定!

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