昨年度、関東大学ラグビー対抗戦の着用ジャージにスポンサーのロゴを掲示することが認められた。そんな中、新たな歴史の第一歩を踏み出し、慶大蹴球部史上初のジャージ背面スポンサーに名乗りをあげたのが、株式会社井門エンタープライズだった。今回ケイスポでは、代表取締役社長・井門義博氏にインタビューを行い、ラグビーとの出会い、スポンサー就任の経緯、慶大蹴球部への期待などを伺った。
ーー学生時代の思い出
僕は普通部から慶應だったのですが、とにかく鉄道にハマっていました。普通部のクラスメート48人の中に8人鉄道好きが居たのですが、この8人の中で知識量とか経験量っていう部分である種のランクのようなものがありまして、僕は最初一番下の「ランクD」に属していました。ランクDが鉄道を見に行くところというと、鷺沼電車区だったり、ちょっと遠出して鶴見線に17メートル級の国鉄の旧型電車を見に行ったり、と、せいぜいそのくらいなんですよね。で、ランクCになるともう少しグレードアップして、夜行列車で午前1時くらいにとある駅に行って、ホームの待合室に張り付いて写真を撮るっていうことをやっていましたね。ランクがB、Aと上がっていくと「北海道周遊券」という20日間乗り放題の切符を買って、夜行列車をホテル代わりにしながら色んな所で写真を撮って、ということもしていました。勉強はほどほどにして、鉄道漬けの学生生活を送っていました。
ーー慶大蹴球部との出会い
ラグビー自体はずっと好きだったのですが、初めて慶應のラグビーを競技場で観戦したのは大学生の頃ですね。学生時代、野球の慶早戦はほとんど「動員」のような形で現地観戦することも多かった一方で、ラグビーは画面越しで見る機会が多かったと記憶しています。
そんな野球の慶早戦の帰り道、毎回秩父宮ラグビー場の目の前を通るわけです。通るたびに「1度くらい生でラグビーを観てみたい」と思っていた中で、ふらっと1人で見に行ったのが、たしか日体大との試合でした。圧倒されましたね。テレビで見る時よりもっと迫力があって、ずっと興奮しながら見ていました。あと、今は駐車場になってしまったのですが、僕が学生だったころの秩父宮には練習場がありまして、そこでアップしているラガーマンの姿を眺めるというのも好きでしたね。
今振り返ると僕は相当ラグビーのことが好きだったのでしょう。誰かに誘われていたら、プレーヤーになっていたかもしれません。まあ、その後すぐ東ドイツに行ってしまうわけですが(笑)

ユニフォーム贈呈の様子
ーー東ドイツへ行くようになったきっかけ
昭和50年、私が大学1年生の12月24日に最終列車が走って、国鉄の本線から蒸気機関車が無くなってしまったんです。大学生になってせっかく自由度も上がったのに、頼みの綱の蒸気機関車が無くなってしまって。一体どうしようと考えていたところに、悪魔が降臨したんです。大学の鉄道研究会の仲間から「東ドイツに行ったらすごいのが見れるぞ」と囁かれて、それで行くことになってしまったという(笑)
結局大学生の間に5回、鉄道を撮りに東ドイツへ行ったのですが、当時はまだベルリンの壁があるくらい色々とギスギスしていたので、とても記事には載せられないような経験もたくさんしましたね(笑)
ーー大学卒業後のラグビーとの関わり
私の子供は4人とも男なのですが、次男は特に大柄で、活発だったので「こいつにはラグビーしかない」と目を付けていたんですよね。
ただ、彼は僕に似て「鉄ちゃん」でした。それで、彼は中学に入った時にラグビー部と鉄道研究会のどちらにも入部したんです。そうしたら、中1の夏休みにラグビー部の合宿と鉄道研究会の合宿の時期が被ってしまって、彼はあろうことか鉄道研究会の方に行ってしまったんですよ(笑)
ただ、2年生からは合宿の時期がずれて、ラグビーの菅平合宿にも行くようになりました。そして、中3の春の練習試合で転機があったんです。勝てそうな試合で逆転負けを食らったことがあって、その時彼が「このままじゃやばいよ」と言い出しました。もっと本気になってラグビーに取り組まなければいけないと感じたようです。結果的に次男は大学までラグビーを続けました。三男と四男も次男の影響を受けてラグビーをやっていました。
子供たちがずっとラグビーを続けている間、僕は僕で、彼をひたすらカメラで撮り続ける日々を送っていました。鉄道の撮影でカメラには慣れていたので、一脚を持って、ボールが行き来する中を子供たちより速いかもしれないぐらいのスピードで走って、ひたすら写真を撮っていましたね。

そんなことをしているうちに、次男のチームメイトにすごい選手が居ることが分かったんです。それが江見ちゃん(江見翔太=学習院大→東京サントリーサンゴリアス)でした。初めて見た時は次男が高1、江見ちゃんが高3だったのですが、体格も大きくて、オーラもあって、大学生が指導に来ているのかと思うくらいでした。大学に入ってからは、次男だけでなくて、江見ちゃんのことも応援するようになりましたね。
江見ちゃんが大学を卒業してサンゴリアスに入ったあとも、僕たちは家族ぐるみの付き合いを続けていました。江見ちゃんと食事に行ったことを僕の個人ブログに書いていたら、ある時突然サントリーさんから「サンゴリアスのスポンサーにならないか」という話が来たんですよ。これは江見ちゃんに対する猛烈なフォローになるのではないかと思ったので、僕はすぐオッケーを出しました。僕とラグビーとの距離が更に近づいた出来事でしたね。
ーー慶大蹴球部のジャージスポンサーに就任した経緯は
黒黄会(慶大蹴球部のOB会)の方々がここ(井門本社)に来てくださって、井門さんスポンサーいかがですかという話をしてくださって、、、ずっと応援してきたチームのジャージに名前が入ってしまうというのはとても恐れ多いですが、ありがたく受けさせていただきました。
ーー昨季観戦された慶大蹴球部の試合で感じたこと
去年はFW陣が若かったので、そこで押される試合が多かったのかなと。特にスクラム、ラインアウトで後手に回りがちだったと感じていますが、去年そういう経験を積んだ選手たちの大半が今年もチームに残るわけですから、期待しています。明治や早稲田と比べても遜色ない力が慶應にもあると思っているので、ほんの少しの変化があれば、勝機は十分にあるのかなと思います。
重要なのは試合の入りなのではないかと感じています。慶應ラグビーの傾向として「追い上げたけれども及ばず」という試合が少なくないです。慶早戦でも慶明戦でも、終盤は走り勝っていましたから、80分間走り勝ち続けられるようになれば日本一も夢ではないと思います。

慶大蹴球部による表敬訪問も行われた。 左から蹴球部・坊碧人主務(環4・慶應)、 井門エンタープライズ・井門義博社長、蹴球部・恩田優一郎主将(政4・慶應)、青貫浩之監督
(取材:工藤佑太、髙木謙 記事:髙木謙)


