25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第5回となる今回は、野球部の小堀政泰(商4・慶應)。1年時は出場機会に恵まれず、野球人生で最も苦しい時間を過ごした。それでも現状から目を背けず、自分を見つめ直し、挑戦を重ねた4年間。神宮で放った安打、仲間と積み重ねた日のすべてを「宝」と語る胸の内に迫った。
小学生の頃から野球を始めていた小堀だったが、大学野球のレベルは想像以上だったという。高校までとはまるで違う環境。実力をまざまざと見せつけられ、1年時は試合に出られない日々が続いた。「野球人生で一番悔しい時期だった」と語る小堀。2年前に大学日本一を成し遂げたチームの背中は遠く、その実力差を痛感した。
しかし、立ち止まることはしなかった。意識したのは「自分を見ること」と「チームを見ること」。ラグビーやアメリカンフットボールといったコンタクトスポーツを学び、基礎的な筋力や栄養バランスを見直した。さらに、チームに何が足りないのか、自分は何を求められているのかを考え続けた。その結果、1年時は一塁手だったが、2年からは外野手へ挑戦。「やったことのないことにチャレンジすることを意識した」。悩んだからこそ、変わる決意が生まれたという。
転機は2年春。フレッシュトーナメントで放った2本の本塁打は、自信を取り戻す2発となった。「みんながすごく喜んでくれたのがうれしかった」。誰よりも練習し、野球と向き合った日々が、確かな成果として結実した。そして3年秋。明大戦で神宮初安打を記録する。「神宮で打つことは野球人生の目標だった」。打球が外野へ抜けた瞬間を「この4年間で一番嬉しかった」と嬉しそうに語った。出場機会のなかった1年時から、神宮でヒットを放つまでに成長できたことは、大きな自信となった。

苦しい時期を乗り越えられた背景には、仲間の存在があった。中でも同級生の権藤大(商4・慶應)の存在は大きい。全体練習後、どれだけきつくても共に自主練習を重ねた。「権藤がいなかったら明大戦でヒットは打てなかったかもしれない」と語るほど、互いに高め合う関係が、自身を押し上げた。
4年生となり、俯瞰的にチームを見られるようになったことで生じた後悔がある。「もっと早くチームにいい影響を与えられたら良かった」。自分にフォーカスしていた時期が長かったからこそ、小堀は組織のために動く難しさと大切さを学んだ。
それでも小堀は4年間を一言で表すなら「宝」だと即答した。酸いも甘いも経験した時間、出会った多くの仲間、支えてくれた家族。そのすべてが今の自分をつくっている。
16年間の野球生活を振り返れば、「本当に幸せだった」という言葉が自然とこぼれる。父は仕事の合間を縫って試合結果を気にかけ、周囲に息子の活躍を誇らしげに語ってくれた。母は早朝の遠征の送迎や日々の食事管理など、陰で支え続けた。「両親がいなかったら今の自分はない」。その感謝を小堀は照れくさそうに語っていた。
後輩に託すのは「優勝、日本一」の夢だ。「僕の代わりにではなく、みんなならできると本気で思っている」。野球を愛し、真摯に向き合う姿勢を持つ後輩たちへの信頼は揺るがない。
最後に野球への思いを問うと、力強く語り始めた。「野球は本当に素晴らしいスポーツです。バッティングや守備といった技術的な部分だけではなく、1つの目標に向かって全員で突き進んでいく、その過程こそが一番の魅力だ」。
スタンドが揺れるほどの歓声に包まれる瞬間。神宮のグラウンドで味わった高揚感。それは確かに特別な景色だ。しかし、彼の胸に強く残っているのは、それ以上に、野球を通して見た日常だという。
「引退した今だから強く実感しているが、野球を通じて出会った人たちとのつながりが自分の原点だ。苦しい練習や悔しい経験も含めて、全てが自分に繋がっている。だからこそ、野球を通じて出会った人たちにはこれからも感謝し続け、そのつながりを大切にしていきたい。」
野球は、勝敗を競うスポーツであると同時に、人を育て、人と人を結びつける存在でもある。ホームランの歓声も、勝利の喜びも、その過程があってこそ輝く。悩み、もがき、それでも前を向いて挑戦し続けた4年間。この野球人生は、間違いなく「宝」だ。

(取材、記事:岡澤侑祐)

