慶應スポーツ新聞会

【バスケ(男子)】<コラム①>背中を追いかけ、背中で魅せる。――泉友樹雄

歓喜に包まれた早慶戦での勝利。中盤流れが悪くなってしまった状況で途中出場し、直後に鮮やかに得点。チームを勢い付けた泉友樹雄(経4・慶應志木)の存在なくして、慶大が3年ぶりの栄冠を手にすることはなかっただろう。与えられた時間の中でしっかりと役割を果たす慶大のシックスマンは、いかにしてそのポジションを確立したのか。

苦しい状況の続いている今季の慶大バスケットボール部。慶大が試合中の悪い流れを断ち切る時、そこには必ず泉がいる。巧みなステップで相手をかわしシュートを決めることもあれば、相手の隙をついてポジション取りをし、慶大選手のアシストを受けてここぞの一撃を打つこともある。そしてコートには立っていなかったとしても、誰よりも早くベンチから立ち上がりコートの選手を迎え入れる。口では多くは語らず背中で見せる泉は、山﨑純(総4・土浦日大)や髙田淳貴(環4・城東)とはまた違った意味で慶大の支柱になっている。

早慶戦での活躍は観客の注目を集めた

かの有名なバスケットボール漫画「スラムダンク」をきっかけに、小学校3年生の時にバスケットボールを始めた。慶應義塾志木高等学校に進学後もバスケットボール部に入部。2年生の頃から1学年上の小原陸(H31卒)や吉敷秀太(H31卒)と共にコートに立ち、最高学年になった際にはキャプテンとしてチームを引っ張った。自由度の高い環境の中でプレーしていた2年生のときとは一転、チームをまとめる役回りになった3年時は、選手としてもチームの戦績としても伸び悩み、大きな責任感で苦しい時間を過ごしたという。その中で泉の支えとなったのは同期や津野地宥樹(政3・慶應志木)をはじめとする共に戦う後輩の存在だった。

早慶戦勝利を小原と喜ぶ

大学入学と同時に慶大バスケットボール部へ入部するものの、当時はスタッフとして選手を裏方で支えた。1年生の春シーズンを過ごし、「やっぱりバスケがしたいという気持ちが捨てきれなかった」泉は、阪口HCや学生コーチの「やってみたいならチャレンジしたらどうだ」という言葉に背中を押され、選手への転向という大きな決断をした。再びコートに立つという選択をしたものの、高校時代のように先輩に混ざり大学バスケの舞台に立つことはなかった。

順大戦でも勝利を後押し

昨年のリーグ戦出場時間は0秒。ベンチからただ一心に仲間の活躍を見守り続けた。慶大が下馬評を覆し、組織として良い雰囲気を持つ中で、チームの成功を素直に喜ぶことができない。「そんな自分が嫌だった」と泉は昨年を振り返る。勝利のときのお決まりとなっていたガッツポーズとは裏腹に、泉の心の中ではいくつもの葛藤が生まれていた。そのような歯がゆい状況の中で、「正直バスケを辞めようかと思っていた」という泉。そのような思いを踏みとどまらせたのは、高校時代ともにプレーした先輩吉敷の存在だった。

 

吉敷もまた、4年生になるまであまり出場機会の与えられない選手だった。昨年誰よりも泥臭く、諦めることなく、ルーズボールやリバウンドに飛び込む姿が多くの人の印象に残った慶大のNo.1ハードワーカー。与えられた短い時間の中で、観ている人の印象に残るプレーをする。そのような吉敷の姿に勇気付けられ、泉は今大学バスケの舞台でボールを追いかける。そして「秀太さんのようなプレーヤーになりたい。」と目指す姿として吉敷の名前を挙げた。

7番の後ろ姿が後輩へ語る

言葉にするのは簡単でも、実際に行動にすることは難しいということは多々ある。その中でも「責任を果たす」ことは特に難しいことではないだろうか。誰よりも悩み、誰よりも考え、誰よりも嫌な自分と戦った。だからこそ山﨑や髙田の代役という、自分が出ることによって悪い流れにしてはいけない責任を感じる役割を与えられた中でも、最上のパフォーマンスを出し切ることができる。

 

「試合に出たときはハッスルしてやっていきたい。」と語る泉の背中を見つめる後輩たちにはきっと、吉敷から受け取ったバトンが受け継がれているに違いない。

(記事:船田千紗)

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