【應援指導部】若き血を日本一滾らせた男の進み続けた四年間/4年生卒業企画「光るとき」 No.76・枝廣二葉

應援指導部

25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第76回となる今回は、應援指導部の枝廣二葉(文4・桐朋)。大学2年時に見た日本一の景色を、もう一度自分たちの代で成し遂げるべく、試行錯誤を重ねていった枝廣。日本一の夢は叶わなかったが、應援指導部での4年間を「最高の思い出」と振り返った。そんな枝廣の光るときに迫る。

 

2025年11月2日、曇天の神宮球場。慶大応援席のメイン台から『紺碧の空』を歌う早大応援席を睨み続ける男がいた。枝廣二葉(文4・桐朋)、應援指導部代表として慶大を鼓舞し続けてきた枝廣の最後の野球応援だった。春季と同じく順位は5位。「日本一」を目指して進んできたものの、その夢は惜しくも叶わなかった。

 

中学時代の先輩が出場していた六大学野球の試合で、応援席の迫力に魅了された枝廣は、浪人生活を経て、慶大へ進学。迷うことなく應援指導部の門を叩いた。1年目はコロナの影響で、さまざまな応援が制限される日々が続いたが、試行錯誤を重ねて、全員が一体となれるような応援席を目指していった。

2年生になると、応援が徐々に従来の形に戻っていく。コロナ禍という空白に生まれた、応援席の人々と應援指導部との熱量の溝を埋めていくことに難しさを感じながらも、単に盛り上げるだけではないという応援の深さを知った。そんななか当時枝廣と同じく2年生だった外丸東眞(環4・前橋育英)が見事な投球を見せ、慶大野球部は秋季リーグ戦、明治神宮大会を制覇。ここで見た「日本一」の景色を、自分たちの代でもう一度成し遂げたいという思いが枝廣の胸に強く芽生えた。

 

3年目、枝廣は野球サブ(応援責任者)に就任。ついに上級生となり、部を回していく立場となった。水泳部葉山部門の慶早戦では、死に物狂いで泳ぐ選手たちを見て、涙を流しながら声を張り上げた。野球部も順位こそ奮わなかったが、秋季リーグの慶早戦では春季リーグの悔しさを跳ね返す2連勝。応援の力を改めて実感する1年になった。

「進」をスローガンに掲げ、迎えたラストイヤー。代表就任時のインタビューでは「部員約150人全員の命を背負う覚悟です」と話した枝廣。應援指導部での4年間で印象に残っている場面の1つに昨年の夏合宿をあげた。7泊8日という長い合宿の最終日、枝廣は塾生注目で部員全員に言葉を投げかける。「本気で日本一掴み取るぞ」と。疲れ切っていた部員を最高の激励で、もう一度奮い立たせた。

 

夏合宿を終え、迎えた六大学野球秋季リーグ。慶大は5位のまま慶早戦に挑む。結果は2連敗。かねてからの夢であった「自分たちの代での『日本一』」は叶わなかった。それでも枝廣はこの4年間を「最高の思い出だった」と振り返る。應援指導部の1年間の集大成を披露する定期演奏会でも「この代で本当によかった」と笑顔を見せた。

 

春からはアナウンサーとして、新しい舞台に立つことが決まっている枝廣。もう応援席でその声を聞くことができなくとも、応援で培った声と力で、テレビの向こう側から「笑顔多め、元気マシマシ」で僕らの朝にエールを送ってくれること間違いなしだ。

春からはアナウンサーの道に進む

 

(記事:塩田隆貴)

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