【アメフト】「もう二度と主将はやりたくない」 それでも「やりきった」4年間の軌跡/4年生卒業企画「光るとき」 No.74 横手謙太朗

アメフト

25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第74回となる今回は、アメリカンフットボール部の横手謙太朗(医4・慶應)。医学部に在籍しながら、アメフト部主将に就任。しかし、ラストイヤーは苦悩と苦難の連続の日々。その先に見えた景色とは。

アメフトを始めたきっかけはシンプルなものだった。長距離をプレーするのは苦手だった横手は、短距離の繰り返しであるアメフトを始めた。大学入学時、医学部リーグでアメフトに挑戦することも考えたが、より高いレベルを求めて体育会でプレーすることを選んだ。

1年生の頃からキッキング中心の試合出場で、当時はチームに対して何か働きかけをすることはなかった横手。しかし2年生の頃に転機が起きる。当時仲の良かった同期が辞めたことで、周囲の関係性が変わった。同じポジションの仲間であった、赤木龍士朗(政4・鎌倉学園)、倉田直(理4・南山)、谷口智哉(令7環卒)らが自分のキャラをいじってくれたことで、チームに少しずつ馴染むようになっていった。また2年生の夏に安藤コーチと出会ったことも大きかった。彼と出会ったことでアメフトに対する考え方が変わり、次第にチームで勝ちたいと思うようになった。今まで受け身だった態度が徐々に主体的になっていった。

しかし、3、4年生の時について振り返ってもらうと、「1、2年生の思い出はたくさん思い出せるのですが、3、4年生時にはその日その日を走り切るのに全力でした」と語った。主将には自ら立候補した。勝つという目標に向けての最適な手段だと考えた結果だった。同期の作田太一(法4・慶應)とともに立候補し、当初は同期内で票が完全に二分したものの、話し合いを重ねた結果、「今シーズンは改革が必要だ」という意見になり、横手が主将に選ばれた。

実は高校時代は、作田が主将、横手が副将という関係だった。しかし当時は、副将なのにもかかわらずチームに対して反抗的で、マイナスな影響を多く与えていたという。だからこそ、大学では自分が主将になることで、高校時代の”罪滅ぼし”をしたかったと語る。その思いで、作田には過度な重圧やストレスをかけないことを意識した。

主将として一番心がけたことについて尋ねると、「心にフォーカスしました。とにかく考え方・捉え方と、マインドセットと、気持ち。」と語った。このことは、1年間発信し続け、こだわりつづけた。

しかし、主将として過ごした一年間は想像以上に過酷なものであった。「当時は毎日毎日しんどくて、毎日やめたいと思っていました。夜何回も目が覚めました。毎朝嗚咽が出ました」。主将としてのプレッシャーだろうか、辛くもがいた日々が続いた。また、大勢の前で話すのが苦手な横手にとって、練習後に選手みんなの前で話すのは大変なものであった。それでも、大人数の中の誰か一人でも心に響けばという思いから、話すことは事前に考えて自分の信念を話し続けた。そうして主将として過ごした一年は長く感じたというが、引退してみるとあっという間だったと感じたという。それでも横手は、「主将をやってよかったとは思いますが、もう二度とやりたくないです」とも語った。

青学との入れ替え戦

入れ替え戦に向けての日々は、主将の横手にとって毎日が戦いといえるほど過酷なものだった。日本一という目標に向けて走り続けたチームにとって、入れ替え戦に向けて全力にならなければいけないという現実は、到底受け入れがたいものだった。プライドが邪魔するために、慢心や詰めの甘さが生まれ、不安や焦りが募っていた。横手は当時について、「練習の中で何回負けると思ったか数えきれないほどだった」と語る。

そして迎えた、青山学院大学との入れ替え戦当日。前半はなかなか得点が獲れず劣勢の状態が続いた。そんな展開でも横手はグラウンド内やサイドラインで声を出し続けチームを鼓舞した。そんな中、後半が始まる直前のハドル。副将・久保宙が自ら名乗り出てチームに語った。「俺がやるから、信じてついてこい。信じろ。」1年生から試合に出続けながらも度重なる怪我と向き合い、それでも諦めず最後の試合に復帰したエースの言葉は、チームの誰もが「信じるしかない」と心を一つにさせた。その姿は、横手にとって「勝てると信じて疑わないやつ」に見えたと語る。一方横手は、後半10対17と劣勢の状況の際には、「負けたかな」と考えが過ったという。しかし、テントで目を瞑り「落ち着け、大丈夫だ。勝てる勝てる」と言い聞かせ、サイドラインから声を出し続けた。横手自身も、その瞬間「勝てると信じて疑わないやつ」そのものだった。そして試合終了までラスト4秒、チームはついに逆転し勝ちを掴む。試合後、横手の目には思わず涙が流れた。この涙の意味は「ありがとう」だった。仲間やチーム、周りで支えてくれた人への感謝の気持ちがこみ上げた瞬間となった。

 

しかし、後輩たちには「最後に青学戦で勝てて良かったね」と美談にしてほしくないという。「入れ替え戦までもつれこんで、苦しい1年を過ごしてほしくない」と願う。一回の練習で出し切れているか、一回のタックルを100%でやってるかを常に問い続けること。こうして本気で本質を追求することで、その先に”本物”があると後輩に託した。

 

さらに横手が後輩たちに強く求めることは、「対話」だ。なにか思ったら、リスペクトと共に、意見として相手に伝えること。後から裏で陰口のような形でいうのは禁止。陰での言葉は組織の成長、個人の成長の妨げになるからだ。決められた方針に不満があるなら、その場で伝えるか、それとも自ら変える立場になるか、もしくはそれに従うか。「後から裏で」言うのではなく、覚悟を持ってやりきることでチームが強くなると語る。

最後に、アメフト部での4年間を一言で振り返ってもらうと、「やり切った」という言葉が返ってきた。主将という重圧を背負いながら戦い抜いた日々は、誰にもわかることのできない苦しさの連続だっただろう。それでも、横手が示した姿勢はこれからもUNICORNSのなかに生き続けるに違いない。

(取材、記事:神谷直樹)

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