【競走】バラバラな状態から始まった1年「俺らはまだ箱根を狙っていくチームなんだぜ」 その思いの襷は確かに渡した 「目指してきて、本当に良かった」/4年生卒業企画「光るとき」 No.27・東叶夢

競走

25年度に卒業を迎える4年生を特集する特別企画「光るとき」。第27回となる今回は、競走部長距離ブロックで駅伝主将を務めた東叶夢(環4・出水中央)。

「箱根駅伝」。日本中に感動を与える「襷」に憧れてどれだけ多くの人が走り始めたのだろう。そして、ごくごく限られたスポットライトの当たる表舞台の裏で、どれだけ多くの人が静かに夢をあきらめたのだろう。「自分には、縁がなかったと思っています。」東も、その一人であった。陸上競技を始めて7年間。色々な選択肢がある中で、箱根路だけを見つめて進んできた長い道のりも、11月に行われた予選会、30位という結果をもって終わった。

チームがバラバラな状態から始まった1年。諦める理由なんていくらでもあった。それでもチームの先頭に立って目指し続けた。強さの裏にある思いとは。

 

「箱根駅伝」。いま、大学スポーツの中でも一番盛り上がっているといっても過言ではない。沿道にいる人、TVやSNSで見守る人、日本中の人々に感動を与える「襷」にどれだけ多くの人が憧れて走り始めたのだろう。そして、ごくごく限られたスポットライトの当たる表舞台の裏で、どれだけ多くの人が静かに夢をあきらめたのだろう。

東も、その一人であった。
箱根駅伝には縁がなかった、と思っています。やれることはすべてやった。そのうえで、かすりもしなかった。結局、予選会でうまく走れたことは一度もありませんでした。」
陸上競技を始めて7年間。色々な選択肢がある中で、箱根路だけを見つめて進んできた長い道のりも、11月に行われた予選会、30位という結果をもって終わった。

「この世代で箱根を目指す。」
そう太鼓判を押された前の世代がまさかの予選会29位で終わった、その次の日から始まった駅伝主将としての1年。チームはバラバラだった。「『これもう箱根無理じゃないですか』という声があったし、保科HCが門限の設定を提案したこともあって、『僕はもう無理です』『辞めたいです』といって離れる人もいました。」

 

そもそも、本選常連校と事情が全く違う。
慶大は、スポーツ推薦をとっていない。大学生活において、何に重きを置くかはその人次第であり、部活動を最優先にすることを強制することはできない。特に、本来部を引っ張る立場である上級生にのしかかるのが就活である。

2017年に箱根駅伝プロジェクトが始まって以来、最高順位は19位といまだ結果がつかめていない。「強い世代が抜け、何を狙っていくチームなのかがわからなくなっていました。もう『予選会出場』という目標でもいいわけで、今後は個人で、という道も考えられる中でした。」

そんな状況で行ったミーティングは、東にとっても、他の部員にとっても忘れることのできないものだという。「みんなの気持ちの深い部分や、チームメイトに対してお互い思っていることを言えたうえで、残った人に関してはやる気が入ったことを感じることができました。結構上辺のやり取りになってしまうところを、きちんと腹割って話せたというのはすごく良かったと思っています。」

予選会直前インタビューにて

そこで東は宣言した。「次の冬にある丸亀国際ハーフマラソンまでに自分が絶対に
結果を出すから、まずそこまでは頑張ろう。」練習ではしっかり手ごたえを感じるのに、記録会で記録が出ないというジレンマ。しかも苦手なハーフマラソン。今までで一番印象に残っているのが、それらを乗り越えて叩き出したPBだ。「やっと大学でやってきたことが点と点で結ばれてきた」そう思えた。

 

しかし、予選会まで残り2か月のタイミング。
「生まれて初めて、『疲労骨折してるね』って言われたときはかなり苦しくて。そこからの2か月は本当に苦しかった。」走れないとき、タイム取りや自転車での先導を通して気づいた。
「こいつらこんなに頑張っていたんだな。俺も早く追いつきたい。一緒に走りたい。」最初は自分の頑張りがから回るような感覚すらあった。そんな中でのマネジメントが難しかった。しかし、もうひとりで戦っているわけではなかった。自分が走れないときでも、「キャプテン、キャプテン」と頼ってきてくれる、自分を信じてついてきてくれる、仲間がいた。

予選会直後

11月18日、予選会。最後までけがに苦しめられ、結果でチームを引っ張ることはできなかった。しかし、今年はやっぱり東のチームだった。下級生、同期、そして監督。予選会後には皆が口を揃えて、東への感謝や憧れを語った。「俺、東さんのチーム大好きなんですよ」
チーム内トップで走った2年の田口涼太は、涙ながらに言った。

 

最後に聞きたかったこと。それは「なぜ慶應が箱根を目指し続けるのか」。
一つは、「第一回箱根駅伝に出場したオリジナル4としての歴史と伝統」。
今までつながれてきたバトンをつなぐということ。紡がれてきた歴史は、それを受け継ぐ人がいなければそこで途絶える。そういった意味で、本戦を走る強豪校の選手たちとまた違った重みを負って彼らは走っている。

二つ目は、「大学スポーツとしての戦い方で戦うこと」。スポーツ推薦がないため、リクルーティングが他大と比べて満足にはできない。しかし、それが諦める理由にはならない。資金面で強豪校と差が出てしまうとわかれば、学生が主体となってクラウドファンディングを実施したり、OBからの支援を募ったりした。「この4年間で、考える力がついたと思います。自分でいかに考えいかに律し、いかに奮い立たせてやっていくかというところに関しては、絶対に今後も活きてくるはずです。今は箱根駅伝もマネーゲーム化している側面があると思うんです。その中で、自分たちにできることを考えて最大限動くという慶應の箱根駅伝プロジェクトは、本来の大学スポーツのあり方を体現していると思います。」

5年前、出水中央高校駅伝部を都大路初出場に導いた東は、「挑戦したいなと思って」強豪校ではなく、長く箱根路から遠ざかっていた慶大を選んだ。

「チーム全体に『まだ俺らは箱根駅伝を目指すチームなんだ』というその気持ちの火を灯し続けることはできたのかなと思っています。今は人数も少なくて厳しいことは確かだと思います。そこで諦めたら終わりだけど、つないでいけばいつか結果につながるかもしれないバトンをつなぐことはできました。」

引退後、箱根を走る同級生や後輩を初めて沿道で見た。「自分には縁がなかった」そうはっきり言い切った後、こう続けた。チームの顔として、どんなに厳しい時でも、そんな時こそ目を逸らさずに。

「全てを賭けて箱根を目指してきて、本当に良かった。」

 

(取材・記事:片山春佳、編集:中原亜季帆)

タイトルとURLをコピーしました