開催が目前に迫った第105回関東学生陸上競技対校選手権大会(関東インカレ)。今大会、チームが掲げる目標は「1部残留」だ。昨年死守したこの地位を今年も守りきることができるか。この大舞台で1点でも多く掴み取るために部員たちは全てを懸けてピークをここに持ってきた。
本企画では、今年の関東インカレで活躍が期待される選手、関東インカレを支えるサポートブロックの部員に、意気込みや目標についてのインタビューを行った。第5弾は主将、須﨑遥也(商4・丸亀)選手!
小学校のクラブチームにみんなが入るから入ったことが、本当に些細なきっかけです。小学校1、2年生くらいから周りの子よりは足は速かったような記憶があります。
小学5年生くらいからなので、10年目くらいになります。小学校の時はサッカーなどもやっていたんですが、センスがなくて、やめてしまいました。中学1年生くらいまでは幅跳びをやっていましたが、試しに出てみた高跳びが思いのほか良くて、そこからずっと高跳びをやっているという、あまりいないタイプかもしれないですね。
主体性が体現できる環境だなと思ったからです。他大学から「スポーツ推薦で来ませんか」という話もありましたが、自分でどんどん伸ばしていけるような環境が1番自分も納得して競技に向き合えるし成長できると思ったので、最後は慶應一本で合格できるように、慶應で陸上したいと思って頑張りました。
ありましたね。鹿又(理)監督が、自分が有望な高校生というので、わざわざ日本一小さい香川県に実際に来ていただきました。その時から鹿又さんにはすごくお世話になっています。その前に一度慶應の競走部の見学をして、すごくいいなと思ったので、それからは慶應一本でいって、やっぱりこんな熱い方がいる場所で頑張りたいなと思いました。インターハイにもわざわざ見に来てくださり、その時2位で悔しい思いをしてた中、泣きながら監督に「慶應では日本一取ります。」と言って握手をしたのが今でも覚えている光景です。
ずっと「2位」の競技人生で、小学校の幅跳びの試合の時から1位だったら全国大会いける時に2位、インターハイでも国体でも2位で、ほかのいろいろな試合でも「1位」が、「全国優勝」だけが取れてないんです。1位や全国優勝に対する強い思いを心の底でずっと持っていたので、それが原動力として、できなくても挫けずにすぐ頑張ろうと思っています。あと、走高跳は結構独特なスポーツで、3回連続で失敗したらその時点で試合が終了するので、優勝しても自己記録を更新しても最後は失敗で終了する、サッカーや野球にはない珍しい終わり方をするスポーツです。そこが競技特性も相まって、すぐ気持ちを切り替えて「次頑張るか」と思えるようなマインドに自然となったのかなと思います。
めちゃくちゃあると思います。意外にも跳躍の順番でも勝負の分け目が来る時があるんですよ。やっぱり先に跳んだほうが有利というか、ライバルが一回目で跳んで、それを見た後に跳ぶライバルはプレッシャーを感じるからこそ、メンタルの要素は大きいです。ただ、跳躍順だけは選手にはコントロールできないので、与えられた試技順でどれだけ勝負するかということも大事だし、1回目でどれだけ跳ぶかということも重要な要素だと思います。
大怪我を負った時だと思っています。中学2年生の時に初めて出た全国大会で、上級生に交じりながら入賞できて、「中学3年生では全国入賞できるぞ」と思っていた中で、中学2年生の冬に大怪我を負ってしまいました。3年生の間は競技を全くせずに、治療に専念するような1年間を過ごしたんです。そこはすごく自分にとって、陸上競技に対しても人生観でも大きな転換点だったかなと思っています。その当時は本当に「大怪我を負ってでも、リスクを取ってでも(試合に)出たい」とは思ってはいましたが、今考えると成長期に無理な、過度な負荷が将来性を見たうえであまりよくなかったと思います。あの時出ないという選択をしたからこそ、今慶應の競走部でのびのび活動できてる部分もあると思うので、走高跳をせずに頑張って受験勉強をしたあの一年が、1番自分の中では大きな意味を持った時間だったのかなと思います。
他の種目に比べて成功か失敗かがすごくわかりやすいところです。幅跳びなどはどれくらい跳んだかが目視ではわからないかと思うんですけど、高跳びはバーが残ったか落ちたか一目瞭然なので、そこは素人の方々にも楽しんでもらえるような種目だと思います。また、手拍子などで会場の注目を一気に集められるという点でも、魅力なのかなと思います。
1番お世話になっているのは、トレーナーの新井虎次郎(総4・佐久長聖)です。彼については1年生のころから「こいつおもしろいやつだな」とは思っていて、初めて話した時から強烈なインパクトを残した存在です。今は自分の専属トレーナーというような形でいろんな試合、練習に帯同してくれています。距離が近いからこそ何も気を使うことなく頼れる存在ですし、一緒に頑張ってくれる存在としては非常に大きいです。
彼は佐久長聖出身なんですよ。佐久長聖の駅伝、本当にゴリゴリのスパルタな環境でやってきた話をすごくしてくれていました。「三笘の1mm」を当時知らなかったり、スマホを1日15分しか使えなくて慶應のAO入試の対策とパズドラかモンストのログインしかしていなかったり、世の中のことは全く知らないみたいなやつが慶應の同じグラウンドで練習してるということを聞いて、すごく強烈に思ったのが、印象的なエピソードでした。香川の小さな公立高校から出てきた自分にとっては、こんなやつもいるんだ、世界はまだまだ広いんだなと思い知った瞬間になりました。
主将として誰にも負けたくない、自分が1番点を取りたいというのは思っているんですけど、走高跳は取れても8点だというのが難しいところです。短距離の林明良(政4・攻玉社)みたいに、複数種目で得点はなかなかできません。だからこそ主将としてできることは最大の8点を取ってくることだと思うので、そこを頑張っていきたいです。
自律したアスリートになりたいというのはずっと思っています。中学生ぐらいからずっと掲げてるんですけど、ただコーチの話を鵜呑みにするだけではなく、自主的に成長できるような環境を掴み、そういう情報を取りに行って自分で自分を律する選手になりたいです。
やはり中学2年生の時に大怪我したのが大きいです。それまではコーチに与えられた指導をただやるだけで全国入賞までいってしまって、コーチの話を聞いてれば出来るんだと思っていた中で、大怪我をしてしまってそれを達成できなかったので、自分で考えてやるのが大事なんだなと中学生の自分なりに考えて、自律できたほうがいいなという考えになったのかなと思います。
自己記録が出たり試合で勝ったりするのはもちろんなんですけど、陸上競技を通してどんどん自分の見える世界が広がっていくことが、やっていてすごく良かったなと思っています。ずっと香川県丸亀市にいたら経験できないような人に出会えたり、こうして取材してもらったり、ビジネスでもすごく活躍されているOBの方にお会いできたりして、陸上競技をやってなかったらこんな経験はしないんだろうなというのをふと感じるときに、陸上をやっててよかったなと感じます。
後編はこちらから!
(取材:中島冬奈、野村康介 編集:吾妻志穂、片山春佳、中原亜季帆)


