春季リーグ戦で優勝し、全日本大学野球選手権大会では準優勝を果たした慶大。春秋連覇・日本一を目指して臨んだこの秋は、一時首位を独走するも、第4節・明大戦で勝ち点を落とし、優勝の行方は最終週の早慶戦に持ち越された。明大が立大から勝ち点を獲得したことで、慶大は早慶戦で2連勝すれば優勝、2勝1敗なら明大との優勝決定戦、勝ち点を落とせば明大の優勝となる。
一方、ワセダは5勝5敗で現在4位につけており、早慶戦の結果次第では2位に浮上する可能性もある。優勝の可能性はないものの、慶大にとって難敵であることに変わりはない。4年生の有終の美を飾り、”忘れ物”である日本一をつかむためにも、まずは早慶戦で2連勝し、春秋連覇を成し遂げたい。そこでケイスポは、早慶戦を前に闘志を燃やす慶大の選手・スタッフ・首脳陣にインタビューを行った。
今回はコンディショニングスタッフの北殿智一(文4・広島国泰寺)さん、山本柚子(理4・都立戸山)さんです!(このインタビューは10月24日に多面で実施しました。)
――他己紹介をお願いします!
北殿→山本:山本柚子さんです。高校まではテニス部だったんですけど、家族が野球好きというのもあって、大学では野球部に入りました。最初はマネージャーもやろうかなみたいな感じだったと思うんですけど、「グラウンドレベルで選手を支えたい」という強い思いがあったみたいで、トレーナーの部署でやることになって、4年間一緒にやってきました。時には衝突したりとか色々ありましたが、2人で太田さん(太田陽=令8総卒・金沢)、大倉さん(大倉真結=令8環卒・桐蔭学園)の後、「新しいトレーナー部署というのを作り上げていこう」というので、一緒に頑張ってきた仲です。
山本→北殿:北殿は中学まで野球をやっていました。大学では最初からトレーナー志望で野球部に入っています。一緒にやってきた中で、野球部の活動って活動時間も多いし、厳しいこともあるんですけど、トレーナーの活動をどうせやるならもっといい方向に、もっと楽しい方向にという風に、チーフとしてチームを引っ張ってくれたなという印象です。
――トレーナーになったきっかけ
北殿:僕は、アナリストかトレーナーで迷っていて、入部する際の説明会で野球をちょっとかじってやっていたということもあって、トレーナーの方がこのチームに貢献できるんじゃないかなという風に、その説明会を通して感じたのがきっかけかなと思います。
山本:私は、さっき北殿が言ってたように、最初マネージャー志望で入ろうと思ったんですけど、マネージャーの仕事って基本マネ室というところで、広報や会計作業など、チームの運営的な作業が多くて。私はそれよりも野球っていうスポーツに関わってみたいなと思ってたので、より選手と関われるというところでトレーナーにしました。
――プレイヤーとしてではなくスタッフとして関わろうとしたきっかけ
北殿:もちろんそれは選手でやれたら選手でやりたかったんですけど、中学校で野球を辞めてしまいました。でも高校で野球を続けなかったことに、多分今後の人生でも一生後悔するんだろうなっていうくらいの後悔があって。どうせ大学に進むなら野球部に関わりたいっていう思いもあったっていうので、スタッフとして入部するっていう意志が強くなったのかなと思います。
山本:私は高校までテニスをやっていて、大学からは自分がプレーするよりも、支える立場でやってみたいなと思った時に、やっぱり自分も家族も野球をよく観ていたので、「六大学野球ってかっこいいな」と思いました。色々な大学とか調べていく中で、慶應はただ野球として強くなるだけじゃなくて、人として成長できそうだなというところにすごく惹かれてこの部活に入りたいなと思うようになりました。
――普段の業務について
北殿:割と「何でも屋」なところがあって。アップを指揮する時もあれば、怪我人と一緒にキャッチボールしたりする時もあるし、リハビリを一緒にしていくこともあれば、グローブの紐を直したりもあって、本当にいい意味で何でも屋になれたんじゃないかなとは思ってます。
山本:大人のトレーナーさんから色々なことを勉強しながら、選手のテーピングをしたり、怪我の対応したり、選手の病院について行ったりというトレーナーらしい仕事もあれば、練習中もずっとグラウンドにいるので、普通に練習の手伝いで道具を渡したりとか、本当になんでもやっていくようなチームかなと思います。
――専門知識などの勉強は
北殿:やっぱり全部の体をそれぞれがマスターするのは難しい。僕も文学部ですし。山本も理工学部でそれ(トレーナー知識)を専門的にやってるわけじゃないので、コンディショニングスタッフの中で一人一つの体(のパーツ)をちょっと覚えれるようになろうみたいなのに取り組んではいて。僕だったら肩・肘、解剖学とかそういう専門知識をちょっと勉強してみたりっていうのはしたかな。
山本:私は足首とか中心だったので、捻挫した選手とかのリハビリに積極的に関わって見たりしてました。
――北殿さんはチーフトレーナーとしてどのような業務を?
北殿:チーフだからどうっていうのは特にないんですけど、大人のトレーナーと厳しい話をすることもありました。
山本:でも、それこそ北殿が大人のトレーナーさんからしっかり指示を受けてくれたから、今までやってなかった仕事とかもどんどん増えて、組織としてちゃんと管理できるようになったなって、今年からすごい思います。
――大人のトレーナーの方も練習に参加している?
北殿:何人かいらっしゃって、週それぞれ1回ずつぐらい来てくださる。いない日は僕らが連携して、その方々がいなくても把握できるようにみたいなところをやってます。
――春季リーグ戦を振り返って
山本:春は、リーグ優勝っていうのはあったんですけど、やっぱり試合中に怪我しちゃう選手とかもいて。優勝したことはすごく嬉しかったんですけど、防ぎきれる怪我とそうでない怪我も色々あるんですけど、選手の悔しそうな一面とかも見てきたので、もっとできることあったんじゃないかなって思うこともちょっとあります。
北殿:春から夏にかけてなんですけど、やっぱり怪我人っていうのがチーム力を下げちゃう一つの原因としてあると思っていて。春は正直ベストメンバーかと言われたらそうじゃない。途中に中塚(=中塚遥翔、環3・智弁和歌山)が怪我したりとかもあったので。
そこに対して、「なんとかしないとな」っていう風に思っていて。結局なんとかできたかと言われてもそうじゃないので、来年以降ちょっと頑張って新しい仕組みを作るなりしてほしいなっていう、負の遺産じゃないですけど、そういうことは思います。
――夏合宿など厳しい練習で怪我のリスクが上がることに対して
北殿:夏だったら北海道キャンプが一番しんどそうなところはあって。そこで一人色々あって離脱してしまった選手もいた。今復帰できたので良かったんですけど、そういう人もいたりする中で、練習後のホテルに帰ってからのケアだったり、練習中のケアだったりっていうところは、力になれてたらいいなとは思ってます。
山本:私はキャンプはAチームの北海道じゃなくて、西会津キャンプに行っていました。北殿が大人のトレーナーさんから指示されて始まったんですけど、北海道期間から、試合日の朝に選手のコンディションをチェックしようっていうのができた。今もリーグ戦当日の朝に選手に体の状態とかを聞くようにしてるんですけど、ただ見てるだけではわからない体の不調とかもあるので、できるだけこっちから積極的に聞いて、ちょっとしたことでも理解したり、前の日の疲れだったり、前の日にデッドボール当たったとか、そういうのが響いてないかとかを、ちゃんと把握していこうっていう風に変わっていったかなと思います。
――秋季リーグ戦を振り返って
北殿:正直、僕らが試合の結果にどう寄与できるかというところは、あると言えばあるのかもしれないですけど、ないっちゃないというか。0から1を作ることはできない組織だと僕は思ってるので、そういう意味では、今この勝ち点3で1位にいるっていうところよりかは、防げる怪我っていうのはある程度防ぐことはできているのかなとは思ってるので、最低限(の貢献)はできてるのかなとは思ってます。
山本:直接試合結果には絡めないかもしれないですけど、試合前のアップの時間でのサポートとか、ちょっとでも選手が「あれ気になるな」っていう要因を減らして、全力でプレーできるような環境とか準備作りを手伝えていたらいいなと思ってます。
――今年の中で印象的なエピソードは
北殿:僕は二個あって、一つは法大1回戦、横地(=横地広太、政4・慶應)がホームランを打った試合。さっきちょっと触れた、夏に怪我してしまった選手っていうのが横地で、それに「もしかしたら防げたかもな」っていう心残りがものすごくあった。本当は早慶戦までに復帰できるかできないかみたいな状態だったんですけど、そこからはもう本人が頑張りまくって試合に出てくれて、しかもそこで結果を出してくれたっていうのがほんとに嬉しくて。僕らは支える側なんですけど、横地に救われたなっていうのはすごく感じました。
もう一つは東大1回戦での小宅雅己(環1・慶應)。入学前から僕とずっと一緒にリハビリをしてきて、春に(第75回全日本大学野球選手権記念大会で)準優勝した時に、寮に帰ってきた時「これ俺のせいで優勝できんかったわ」みたいな話を、本当に冗談っぽくしたっていうのがあって。なんとか小宅を秋のリーグ戦で登板させてあげたいなっていう思いがあった。三塁のブルペンの方からマウンドに(小宅が)向かっていくのが、悔しくもかっこよく見えちゃって(笑)。ずっと僕と一緒にやってきた仲なので、すごく自分がこのチームにいる意味があったのかなっていう風に思える試合でした。
山本:私も同じなんですけど、横地のホームランは印象に残ってて。北殿は北海道キャンプに行ってて、私は日吉にいて。ちょうど横地が帰ってきて一緒に病院とか行ってる中で本人の気持ちとかも聞いていて、もうなんかどうにかして頑張ってほしいなって思った。
普段から横地ってチームの中心にいて、周りを明るくしてくれる存在で、その選手がやっぱ怪我してしまうっていうのはすごく悔しかったんですけど、その(法大1回戦の)ホームランで、どの選手がホームラン打ってももちろん嬉しいんですけど、より一層チームも喜んでて。あの瞬間、本当によかったなって心から思いました。
――ラストシーズンに懸けている想い
北殿:意外と僕は結構さっぱりしていて、特に最後だからどうみたいなのはないんですけど、この慶應野球部に入りたいって思ったのが、中学校の親友との約束で、彼がいなかったらこの部にいることはなかったかなっていう風に思う。やっぱり「明日も練習か」と、しんどいなって思う時もあるんですけど、その時の初心に戻って、あの時の自分が今の自分を見たらどう思うかなみたいなのを感じながらやっていきたいなっていう風には思ってます。
山本:私は高校までの部活とかも、こんなにちゃんとした、みんなが一つの目標に向かってっていう組織じゃなかった。こんな組織に入れたこともすごく感謝してますし、こんな組織に入れることもうないんじゃないかなって思うぐらい、このチームのことが好きです。もう結構「終わりなのか」って寂しい気持ちがあるので、後悔のないように、日々の練習も、一人でも多くの選手の助けになるように、一人でも多くの選手がよりいい環境で野球に集中できるようにしていきたいなと思います。
――選手と関わる際に普段意識していること
北殿:僕は過保護じゃないですけど、心配しすぎないというのを意識はしています。ちょっと野球やっていたし選手が同性っていうのもあって、毎日毎日「大丈夫?」とかって聞かれてもうざいかなって思ってるので、いい距離感を保つ。プライベートじゃなくて、練習の時は、怪我の状態に関してはいい距離感を保って、言いやすい環境を作れるようにっていうのは心がけてることではあるかなと思います。
山本:距離感のところで、ちょっとした相談とかもすぐ言ってほしいっていうのはずっとあったので、話しかけやすい人にならないといけないなってずっと思っていました。それは同期だけじゃなくて後輩からも。自分から特になんでもない日でも、練習中に手伝ってちょっと話してみたりとかで、話しかけやすい人になろうと思ってました。
あと、私はどっちかっていうと、過剰な心配はしてなかったかなとは思うんですけど、「あの時のこれどうだった?」とか聞いています。これだけ部員が多いと、怪我人もやっぱり多くなっちゃうので、その中でも、忘れてないよというか、ちゃんと見てるよっていうところを意識して、室内でリハビリしてる選手とかにちょっと話しかけてみたりっていうのはしてました。
――お互いの第一印象と、今の変化は
北殿:第一印象は覚えてないんですけど、バリがめつくて、「えぐ」みたいな(笑)。本当に(この人と)4年間か、みたいな。もう本当に先輩にも、それ私がやりますみたいな感じで。それを僕は遠くから見てて、「なんで執着するの?」って言ったら、「なんで執着とか言い方すんの」みたいなこと言ってきて、みたいな。めっちゃ怖かったんですけど、今はだいぶ角も取れて。
山本:もうちょっと遠慮しててもよかったんじゃないかなと思いますね、過去の自分に。なんかやりたいやりたい、みたいな。
北殿:これ5月の話ですからね。すぐ親に言いました(笑)。今もがめつさはありつつも、周りが見える人になったなみたいな。ちょっと成長したな。
山本:第一印象は、自分ががめすぎたのかもしれないですけど、逆にもう「自分の意見ないのかな」ぐらいの印象でした。ひっそりしてました。
――北殿さんがチーフトレーナーになった経緯
山本:チーフトレーナーはどっちも立候補してて、選手に決めてもらったんです。でもチーフトレーナーになってから、去年よりもトレーナー内でミーティング開いたり、何かあったら話し合いしようとも言ってくれたり。1年生の歓迎会しようとか、春リーグお疲れ様会とかも色々提案してくれて。北殿チーフで今年のトレーナーは楽しかったなって思います。
北殿:楽しくないとしゃあないやろ。選手に比べたら全然きつくないですけど、でもちょっと色々忙しくなる。その中で、ちょっとくらいは楽しい思いをしてもいいじゃん、みたいな想いがあったので、トレーナーに入ってきてよかったなっていう風に下級生に思ってもらえる組織、ゆくゆくは慶應のトレーナーとして野球部に入りたいなって思ってくれる人が一人でも増えるような組織を作っていこうっていう話をずっとしてたので、それの一環として出たのかなとは。満足そうよね、みんな。
――プライベートでもスタッフ陣で関わりが?
北殿:僕は後輩の平川大樹(文2・基町)と。去年までいらっしゃった太田さんがめちゃくちゃ筋トレ好きで、僕と平川がおはようございますって言ったら、「お前ら細いんだよ、見えない」みたいなことを言われて。「あれ、おはようって帰ってこない(笑)」みたいな感じだったので、平川とエニタイム行って、太田さんに写真送って、「今日トレーニングしに行きました」みたいな報告はいまだにしてますね。
山本:そんなに誰かと遊びに行ったりってことはないですけど、たまに練習の後ご飯行ってお話したりとか、そんな感じです。
――4年間で一番の思い出は
山本:私は、入部初日とかで開いた学年ミーティングがずっと印象に残ってて。その学年ミーティングで初めてこれから同期になる人と話した時に、みんな日本一に向けてっていうところをその時喋った。もちろんこのチームが日本一を目指していることは知ってて、自分も日本一になりたいと思って入ってきてはいたんですけど、こんなにレベルの高い同期とこれから一緒にやっていけるんだって思って、すごくこの後が楽しみになったのをずっと覚えています。あの学年ミーティングが、一番最初に、「ああ、このチーム好きだな」って思った時で、それからフレッシュ(令和5年度フレッシュトーナメント)で優勝したり、上級生になる前に学年ミーティング開いたり、いろんな選手の気持ちだったり、意見を聞くたびに、みんなすごいなと思って。自分もここに入れて良かったなって日々思っていて、この組織に入れたことが思い出ですかね。
北殿:やっぱり秋のフレッシュの優勝はすごい嬉しかったですね。特に、春シーズンであんまり出れていなかった選手とかが出て優勝して。その後にオータムフレッシュリーグで静岡に行って、皆と「よかったね」みたいに話しながらちょっとお酒飲んだりしたのはすごく思い出として残ってます。
――トレーナーとして4年間で難しさを感じたエピソード
山本:怪我した選手と一緒に病院行くっていうのもトレーナーの役割であるんですけど、リーグ戦中に怪我して一緒に病院ついていくときとか、もう本当になんて声かけたらいいかわからなくて。どの声かけが正解かもわからないし、結局淡々と話しちゃったんですけど。後になって「あの時はあれでよかった」って(選手から)言ってくれたりすることもあったんですけど、ずっと難しかったです。
北殿:ここっていうのはないんですけど、入部したての頃はグラウンド横のスタッフがいる部屋にこもりっぱなしで、何かあったら対応して、終わったらすぐ練習から帰るみたいな感じでした。そこから、グラウンドに出て「何でも屋」になる過程っていうのは「ほんとにこいつらにやらして大丈夫なのか」っていうのを、選手というかチームとして思われてたところもあると思う。そこは僕だけの力じゃないんですけど、太田さんだったり、いろんな人と協力しながらそういうことができるようになったっていうのは結果として良かったですし、その分難しかったなっていう風には思ってます。
――部員数の多い部活を支える中で、一番意識していた「自分にしかできない」役割は何か
北殿:何かこれをこうやったって自信を言えるものは特にないんですけど、やはりトレーナー組織をまとめる立場にはいるので、大人の方との連携を強化して、トレーナー組織をより成長させていくっていうような役割かな。(みんなが)どう思ってるかはわからないですけど、後輩たちがやりやすい環境っていうのを作ろうとはしているつもりなので、それは僕ができることなのかな、やらないといけないことなのかなとは思います。
山本:あんまりこれは自分にしかできないみたいなことはないんですけど、その分どんなことも全部積極的に。例えばいつもテーピングしてる選手は先回りしてテーピング持っておくとか、どんな些細なことでも、誰でもできることでも、それを徹底して信頼されるようになれたらいいなと思って4年間やってました。
――後輩のスタッフ陣に伝えたいこと
北殿:これは僕は結構しょっちゅう言ってるんですけど「やりたいことと、やるべきことをはき違えたらダメだよ」っていうこと。自分がこの部にいるのは、自分はここで楽しい思いをしたいからではなくて、チームが日本一になるためにいるわけだから、やりたいことよりも他にやるべきことがあるのであれば、絶対そっちをやらないといけないし、そこに当てはまるような人材になりましょうっていう話をトレーナーにはしています。
後輩、特に平川には期待も込めて。来年以降、周りが女子だけ、男子1人になっていく中で、色々思うことだったり、こうしたいなっていうようなもどかしさがあるとは思うんですけど、そこで僕とかと関わって感じてきたことを良くも悪くも生かしながら、自分がいるべき立ち位置っていうのを見失わずに頑張ってほしいなっていう風には思います。あんまり本人には言わないので載せてください(笑)。
結構シャイなんですよ。今、僕の中ではまともそうに喋ってるつもりなんですけど、(普段は)こんなんじゃないもんね。一応こういうのも思ってるよって。
山本:これまでずっと大人のトレーナーさんからの指示を北殿が受けてたんですけど、最近3年の阿部穂華(看3・三田国際学園)にもいろんなことを指示してもらっていて、色々始めてくれていて。やる内容とか見たんですけど、これをやっていけたら、トレーナーとして、より選手からも信頼されるなと思うし、よりちゃんと管理された組織になっていくんだなっていうのが見えた。私たちが引退した代替わりの最初のタイミングって結構大事になると思うので。北殿が「やるべきこととやりたいことをはき違えない」っていうのはずっと言ってたので、そんな感じでトレーナーとしての方針みたいなのを一個決めて頑張ってもらえたらなと思います。
――最後の早慶戦に向け、今どのようなお気持ちか
北殿:「あ、ほんとに終わるんだ」みたいな。これから多くて神宮大会入れても6試合7試合くらいしかない中で、やっぱり早慶戦はお客さんの入りとかも違うので、選手も色々思うことがあると思うんですけど、僕らがやることはあんまり変わらないので、早慶戦だからどうとかっていうよりかは、いつも通りに選手が後悔なく野球ができるような環境を維持し続ければいいんじゃないかなとは思ってます。
山本:早慶戦に向けて、普段の練習も試合でもやることは変わらないと思うんですけど、なんか最近、「もう終わってしまうんだ」と思うとすごく悲しい。結構悲しくて。こんな人たちに会えることもうないんじゃないかなと思うと…。私結構エモがっちゃうタイプなので、一日一日を大切にしようと思います。
――意気込みをお願いします!
山本:私は早慶戦に勝って優勝して、ビールかけがしたいです。春もやってたんですけど、春は私参加できなかったので。もうビールかけなんて今後の人生でできることないと思うので、ビールかけしたいです!
北殿:僕はいつもニコニコしようと心がけてるのもあって、みんなが笑ってるのを見るとやっぱりやってよかったなというか嬉しいなっていう風にはなるので、みんなの笑顔が見たいです。
(取材:山内悠暉、記事:島森沙奈美)


