関東リーグ後期が幕を開けた第12節・学芸大戦。雨の降りしきる立正大グラウンドの全観衆の視線を集め、その男は仁王立ちしていた。チームメイトが次々に駆け寄り称賛を送る傍ら、敵DFはその顔に諦めの色を浮かべ、スタンドの応援団からは「スーパーだ!」という叫び声が飛ぶ。豪快なボレーシュート2本を含む、圧巻のハットトリック。絶対的エース・松木駿之介(総4・青森山田)が、4-0の快勝の主役となった。
今季はその腕にキャプテンマークを巻き、誰よりもチームのために献身的にプレーする松木。しかし、彼は本来生粋の点取り屋だ。松木がゴールを決めるとチームが勢いに乗る、というのは自他ともに認める彼の天性。それが裏目に出たのが前期だった。10試合3得点。チームメイトが彼に信頼を寄せボールを集めながら、決定機を決め切れないシーンが目立った。比例するように、チームも1部昇格を目指す中で勝ち切れない試合が続き、前期終了時点で9位に沈んだ。「同期が僕を主将に推してくれた期待に応えられていない」。背中にのしかかる計り知れないプレッシャー。松木は誰よりもその結果に責任を感じていた。
前期の不振を受け、「この夏でどのチームよりも強くたくましくなる」と決意した松木。全カテゴリー合同で走り合宿を行うなどしてチームの一体感を高める中、松木も主将として新たな改革に取り組んだ。それは、毎日のチーム全員での掃除。下田の練習場周りや部室を、学年、カテゴリー関係なく全員で綺麗にしているという。「チーム全体でひとつ何かやることの大切さ」を示すためだ。「ピッチ外の部分でどれだけチームに貢献できるかというのが慶應の良さ。去年2部に落ちて、今年も2部で苦しんでいる中で足りないなと感じていた」。170人を越える部員全員の一体感、全員がチームに貢献することを松木は求めた。部員たちもまた、そんな松木の姿勢に応えている。
個人としても成長を求めた夏だった。来季の入団が内定しているJ2・ファジアーノ岡山の練習に参加した松木は、そこで感じたことをこう話す。「ファジアーノさんは、謙虚にひたむきに泥臭く、チームとして戦うチーム。良い意味で慶應に似ている」。ハイレベルな環境で、プロの選手たちでも自分たちと同じ姿勢でサッカーに取り組んでいることに大きな刺激を受けた。また、もともと夜10時以降スマホ禁止、11時には就寝するなど人一倍ストイックな松木だが、コンディション作りの面でも新たな学びがあったと言う。「今までは脂肪を気にして炭水化物を抜いたりしていた。それが正しいと思っていたけど、間違っていた。前期は走り切れなかったり足がつったりしたけど、食事、睡眠、休養で改善できている」。夏を越え、現在コンディションは「かなり上がってきている」と言う。並外れたストイックさとひたむきさが、後期初戦でのハットトリックという形で実を結んだのだ。爆発的な松木が帰ってきた。
残り10試合で、昇格圏の2位と勝ち点10差の7位。昇格はかなり厳しい状況と言わざるを得ないが、松木をはじめ、部員たちは誰一人それを諦めていない。「慶應終わったなと思ってる人はたくさんいると思う。数字を見れば誰もが無理だと感じると思う。」「それでも信じ切る。起こそうと思わなければ奇跡は起こせない。」学芸大戦の快勝は1歩目に過ぎない。必要なのは、最後までチームが一体感を持ち続けること、信じ続けること、そして松木が点を決め続けること。「このメンバーで試合ができるのもあと10試合。必死に楽しく、数字上ダメになるまで結果を追い求めてやっていきたい」。今こそ荒鷲の誇りを見せる時。か細い“奇跡”への道筋を、松木が先頭に立って導いていく。
(記事:桑原大樹)
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