【ラグビー】ヘッドコーチの考える“慶應ラグビー”/栗原徹HCインタビュー後編

ラグビー

試合前のアップを見守る栗原徹ヘッドコーチ

 

日本で大フィーバーを起こしたラグビーワールドカップ日本大会は南アフリカの優勝で幕を閉じた。そしてその興奮冷めやらぬ中、ワールドカップの影響で休止していた大学ラグビーのシーズンがいよいよ再開する。ラグビーファンは息をつく暇もないのだ。早速慶大は11月4日(月・祝)、日体大と対戦する。
関東大学対抗戦Aグループにおいてここまで3試合を終え、2勝1敗で4位につけている慶大。8チーム中上位4チームに与えられる大学選手権の出場権をかけ、11月で残り4試合、1つも負けられない戦いが始まる。

そこで、対抗戦再開直前に行われた栗原徹HC(ヘッドコーチ)のロングインタビューを前後編に分けてお届けする。後編となる今回は、ワールドカップや創部120周年を迎えた蹴球部の歴史も踏まえ、ヘッドコーチが理想とする“慶應ラグビー”についてたっぷり語っていただいた。

(取材は10月24日に行いました)

 

インタビューの前編はこちらから

ついに対抗戦が再開!ここまでの戦いを振り返る/栗原徹HCインタビュー前編

ケイスポ以外にも多くの取材がある中、時間ギリギリまで語りつくしてくれた

 

 

――春季大会開幕前に話されていた、選手たちに「考え方を変えてもらう」ことについてはいかがですか

なかなか難しいと思います。変えようとはしていますし、変わってきている選手もいます。すでに変わった選手、変わらない選手もいます。自分の描いているロードマップよりはまだ下なんですけど、みんなすごく頑張って自分と向き合って、成長しようとやってくれています。自分が思っているよりも成長してくれるといいんですけど、そうでない時もたくさんあるので、我慢強く見続けていくしかないと思います。

 

春季大会開幕前のインタビューはこちらから

春季大会開幕前特集“UNITY”第5回 栗原徹HC

 

――やはりプレースタイルを変えるのには時間がかかるのでしょうか

やはりラグビーは15人でやるスポーツなので、プレーをひとつ変えてしまうと色んなところが変わっていきます。頭がいいというか、ラグビー偏差値の高い人であればすぐ対応できますけど、そうでない人ももちろんいるので。難しいですけど、本当に変えようと思えば、すぐに変えられると思っています。全体や個人でミーティングしながらどこをどう変えていかなければいけないのかという話はしています。

 

 

――秋のシーズンが始まってから、1年生の選手が台頭してきています。やはりこれまで違う指揮官のもとでやってきた上級生と比べて「考え方を変えてもらう」ことの難易度に違いはあるのでしょうか

4年生も1年生も一生懸命やってくれています。実力の世界なので、1年生が出ているというだけです。上級生はその事実を受け止めて奮起してもらいたいです。試合に出場している4年生もいるわけですし。(昨年度までのヘッドコーチの)金沢さんと大きく違うかというとそうでもないと思っていますが、やはり指揮官が違うと考え方が違うことももちろんあると思うので、金沢さんのもとで3年間やってきた中、4年目で指揮官が変わってアジャストするのは難しいと思います。しかしやはり彼らにも意地があるので、そこを発揮してチームを引っ張っていってほしいと思います。

 

不動のスタンドオフ・中楠一期など、1年生の活躍が目立つ

――1年生の五藤(隆嗣=商1・慶應)選手、HBリーダーの若林(俊介=政3・慶應)選手、4年生の上村(龍舞=環4・國學院栃木)選手、ジュニア選手権でここまで全てスタメン出場している高野倉(建生=商4・慶應志木)選手とこの秋に主に4人の選手が出場しているスクラムハーフは競争が激しいように思います

選手のけがもあったりしますけど、スクラムハーフは競争がいちばん激しいポジションです。ある試合で強みを出せても、次の試合ではそうでもなかったりとか。競争もある上に、選手それぞれ波のあるポジションになっています。その中で、日替わり弁当じゃないですけど、旬のものを使っている状態です。

普段から誰かが図抜けているということはないので、みんな同じレベルです。自分の強みをそれぞれ持っていますが、それをどううまくゲームにアジャストするか、自分の色をどう加えていくかを考えていってほしいです。

言われたことをしっかりやろうという意識は強いですが、目の前の状況をしっかり見て考えるとか、そういうことに欠けています。試合の中で起きることを想定して練習するのは難しいので、目の前で起きたことから自分で考えて発展していかないと。自分の色をどこで出せるのかわからないのかなという印象です。ハマればいいプレーだし、ハマらなければ(AチームからBチームへと)グレードが落ちてしまう。それを繰り返しています。(現役時代はスクラムハーフだった社会人コーチの)三井コーチがマンツーマンで指導してくれているので、実力が図抜けている選手が出てきたらいいなと思います。1人が抜けて出るとみんなが追いつこうとするので。

 

(写真上段左から)五藤、若林
(同下段左から)高野倉、上村

――話題が変わりますが、ワールドカップ日本大会がとても盛り上がっています

 日本代表が成果をあげて、みんなでひとつになってチャレンジすることの尊さを日本中に示してくれています。それがたまたまラグビーというものだったということですが、ラグビーの価値が高くなっていることを嬉しく思います。日本代表の頑張りが学生にとっても刺激になっていると思います。

 

 

――ヘッドコーチはワールドカップの中継の解説者として、多くの試合を現地でご覧になっていることと思います。印象に残っているシーンはありますか

例えば(ニュージーランド–南アフリカ戦の後、ニュージーランド代表の)アーディー・サベアが負けた南アフリカのチェスリン・コルビを思いやるシーンとか、日本代表が負けたあとにリーチマイケルが胸を張っているところとか。試合後の振る舞いを、いいシーンだなと感じています。

 

 

――ワールドカップでは、大学ラグビーではあまり見られないような長いキックパスやオフロードパス(タックルを受けながらパスを出すプレー)など、アクロバティックなプレーが目立ちました

トレーニングをしっかり積めば(学生でも)再現できると思います。日本代表はスキルが高いからできていますが、その分日本代表が受けているプレッシャーは大学ラグビーと比じゃないので、相対的なものだと思います。高いプレッシャーを受けて、相手が強くなっていく時に、どこまで(実力を)発揮できるかというところだと思います。(オフロードパスは)慶應としては特に力を入れているものではないですけど、上のステージにいった時に必要になってくるものだと思います。積極的にとり入れてはいなくてもやれる選手はいるので、チームとして求めているわけではないです。

 

 

――ワールドカップは出場国ごとにプレーの個性が出ています。ヘッドコーチの目指すラグビーを出場国で例えるとどこですか

そりゃもう、オールブラックス(ニュージーランド代表の愛称)かイングランド。準決勝のカードですね。

オールブラックスはプレーも上手いですし、勤勉ですし、思いやりもあって。結果だけではなく、彼らが何十年も行なってきたことは間違いなく世界一に値すると思います。彼らのようにできないこともありますけど、彼らのようにやっていこうと思うことが大切です。今すぐ真似できるものもありますし。

例えばモールのディフェンス。体の大きくない慶應は押されることが多いですが、オールブラックスは頭を入れている。(準々決勝で)オールブラックスはアイルランドに完勝でした。途中でアイルランドがモールでの攻撃に切り替えましたが、それすら圧倒する。みんな頭を入れているんですよ。相手よりも下にいくイメージです。慶應の選手も、頭を入れなさいと言ったら入れられるんですよ。怖くて入れられないとかじゃなくて。それを、ハイプレッシャーの中、疲れている状態でも全員がやっているのがオールブラックス。できないことをやれと言っているわけではないので、できないことは怒っていないです。できるのにやらないことが結構あるので、それで負けて泣いても、僕としては何に泣いてるのかわからない。やったとしても負けて泣くのはわかるんですけど、やらずに負けて、というのは自ら勝負を放棄しているのと一緒なので。そこも考え方を変えるということにつながりますね。困ったらオールブラックスの試合を見ると答えがあると思っているんですけど、それはこういうシンプルなこともちゃんとやるんだね、ということに行き着くからです。パスもすごく上手いんですが、外に(スペースが)余ってたらパスしますし、余ってなかったら相手より低く前に出てチャンスを待つ。スペースがあれば蹴ってみんな追いかけて、という当たり前のことを当たり前にやっている感じですね。それぞれチームの指針はありますけど、それをこなすことが目的になっているので。例えば、右に攻めればチャンスが生まれるだろうから右にと言っている時に、左が空いていれば左に攻めることも必要です。判断して左に行くことができるオールブラックスと、ただ指針に従って右に行ってしまう他のチーム。代表レベルでもできないことを大学ラグビーに求めるのも酷な話ですけど、不可能なことではないと思います。

 

 

――蹴球部として代表戦を見ることはありますか

全体としてはありませんが、みんなチケットを持っていて、スタジアムに行ってるんですよ。素晴らしいことだなと思います。なるべく練習時間がかぶらないようにして、行けるようにしています。数名、この試合のチケットを持っていて、この時間に練習があると間に合わないので早めてくれと言われて実際に早めたこともあります。僕にとっても自分の国でのワールドカップは初めてなので。僕がワクワクしているように彼らもワクワクしていると思います。あとは極上の試合が待っていますので、楽しみにしたいです。

 

 

――蹴球部の話に戻りますが、この秋から留学生のアイザイア・マプスア(総1・King’s College)選手、イサコ・エノサ(環1・King’s College)選手が入部しました。慶大蹴球部としては初めての留学生の入部となりますが、どのようなきっかけでこの2人が慶大に来ることになったのですか

まず、慶應には外国人の選手がいませんでした。

僕は社会人の経験も長いので、外国人とラグビーをする良さも感じています。それは彼らのラグビーに対する真摯な思いや、考え方ですね。コーチが「右だよ」と言ったら、「OK、右!」となるのか、「なんで左じゃだめなんだ」となるのか。教育のあり方だと思うんですけど、(外国出身の選手は)「右だけですか?左がチャンスなら左でもいいですよね」と言ってきたりするんです。違う視点でものごとを見られる外国人の選手とラグビーができるというのは、今いる慶應の選手にも大きな刺激を与えられるのではないかと思っていました。大学に留学の受験システムがあるのであれば、蹴球部にもそういった選手を受け入れる可能性があるのではないかと探していて、色々な偶然が重なって彼らが加入してくれたというところです。伝統校は日本人だけでやっていくという流れでしたけど、常識にとらわれずにいこうということです。

 

(写真左から)エノサ、マプスア

――慶應、早稲田、明治、同志社の4校からなる“伝統校”は留学生を起用しないという、いわば暗黙の了解を破ることになりました。抵抗などはなかったのですか

その暗黙の了解があるのかどうかもわからないので。本当にあったんですかね?僕はそうは思わないです。そう主張している人たちは、世の中をちゃんと見ていますか。現在日本に外国人がいないコミュニティがありますか。色々な人を受け入れて、色々な人と交流していくのが素晴らしいと思います。

ラグビーは日本で生まれたスポーツでしょうか。イギリスで生まれたものを日本でいち早くとり入れて広めていったのが慶應なので、慶應は常に最先端でないといけないと思っています。それが120年も続いてしまうと、伝統だ格式だといって、最も古くさいチームになってしまっています。慶應は大学ラグビーの中で最も進んだチームでないといけないと思っていますが、それとは真逆の方に進んでしまっていると思います。色んなアイデアを試していって、日本のラグビーを良くしていく存在でないといけない。そんな慶應が、日本人だけということに固執するのは甚(はなは)だおかしいと感じています。

また、最初にどこがやるかという話だと思います。最初にやることに意味があると思うので、これで早稲田も明治も同志社も(留学生を受け入れに)いくと思います。そうなった時に「なんで慶應が」と言っていた人たちも変わると思います。現状として、いわゆるハーフの選手もいますし、そうやって生まれてきただけで日本人なのか外国人なのかわからないと言われたり、試合に出られないのはかわいそうです。その選手も一生懸命やっているわけなので。今回来た2人も別に特待生ではなく、普通に授業料を払って正規の試験を受けて、一生懸命他の学生と同様に学校に行っています。

日本で最初に行われたラグビーの試合の出場メンバー。写真中央左のE.B.クラークが慶大の学生にラグビーを教えたことが慶大のラグビーの始まりとされている(写真は蹴球部提供)

 

――お二人が一緒に歩いているのをキャンパスでよく見かけます

すぐ学校行っちゃうんですよ。”Sorry,class!”とか言って。慶應で4年間色んなものを学んで社会に巣立っていってほしいですね。結果としてトップリーグにいくのか、ニュージーランドに帰ってプレーするのか、もしくは日本の企業に就職するのか。いい社会人になってくださいと言っています。彼らが慶應に来たことは本当に大きいことだなと思っています。

 

 

――お二人の出身校、ニュージーランドのKing’s Collegeとは有名な学校なのでしょうか

めちゃくちゃ名門です。彼らが慶應に来る前に実際に見に行ってきたんですけど、とんでもなくいい学校でした。カレッジなので、ハイスクールでもユニバーシティでもない。たくさんの生徒がいて、素晴らしい施設があって。授業風景を見学させていただいたのですが、デザインや絵の授業をやっていたし、音楽の授業も日本の音楽の授業ではないような本格的なものでした。他にも数学や理科のコースもありましたし。

その中でラグビー場が敷地のど真ん中にあって、Aチームの選手は学校の英雄みたいな雰囲気で。すごくいいところで勉強してきた真面目な子が慶應に来てくれるんだなと感じました。

 

 

――エノサ選手は試合中フォワードがセットプレーに入る時など、バックスから何度も声を出す姿が目立ちます

エノサは(チームでも)すごくシャイな方なんですよ。でもラグビーとなるとすごく声を出す。まさにこちらが求めていたものですよね。やはりラグビーに対するスイッチの入り方が全然違うので、それを見てすごいなあで終わるのか、俺もそうなりたいと思うのか。そうなりたいと目指してほしいなと思いますね。せっかくいい先生が隣に来たので。

プレー以外でも慶大に新たな風を吹かせられるか

 

――先ほど、慶應は常に最先端でなければいけないというお話がありましたが、やはりラグビーを最初に始めた大学がこういった取り組みを積極的に行うのは大切だと思います

福沢先生(慶應義塾の創設者・福沢諭吉のこと)に会ったことないですけど、福沢先生が今の慶應を見たら嘆くんじゃないかなと思います。何を大切にしているのかと。次から次へとチャレンジしていくから、慶應は未来の日本をリードしていく大学なんじゃないかと思っていまして。慶應も日本の中で成功を収めていますが、それにあぐらをかいていたら、凋落の始まりなんじゃないかと。それは大学としても蹴球部としても同じなので、改革していかないと。これまでも多くの指揮官がそう思っていたと思います。それが僕のタイミングで実現したというだけです。

慶應だけやって、他の伝統校はやるなとは思っていませんし、むしろやりやすくなったのかなと思います。

OB会で話をした方にはOKをもらいました。反対する方がいれば、直接、僕の考えを話すだけですし、OB会長もこの話をしたら、「その通りだ」と。「絶対にやるな」と上から言われていたらやっていないですよ。むしろ、慶應は変わろうとしていました。そこにすごく感動しました。やはり慶應は慶應だったと。僕がバンバン変えたというよりも、皆さんで慶應を良くしよう、変えようという動きがありました。素晴らしいことだと思います。何がいちばん大切かを立ち止まって考えてみたら、慶應が進化していくことだと思います。

また、日本一をとるための「助っ人」ではないので、これから毎年外国人を入れるというわけでもありませんし、事実、日本人選手とはいい競争をしています。言ってもまだ1年生なので。ですが彼らがもし黒黄を着て対抗戦に出ることになったら、歴史的な日になるので、応援してあげてほしいなと思います。

 

――お忙しい中ありがとうございました!

 

今後はオールブラックスのような「規律」がテーマだ

(取材:竹内大志 写真:左近美月)

栗原徹(くりはら・とおる)

清真学園から、1997年に慶應義塾大学環境情報学部に入学。3年生の時に日本一を経験し、卒業後はトップリーグのサントリー、NTTコミュニケーションズにそれぞれ所属。現役引退後はコーチとしての活動を経て、今年度蹴球部のヘッドコーチに就任した。代表通算27キャップ。現役時代のポジションはWTB(ウィング)、FB(フルバック)。

 

◇今後の対抗戦日程

11月4日vs日本体育大学 14:00K.O.

@上柚木公園陸上競技場(東京都)

11月10日vs明治大学11:30K.O.

@秩父宮ラグビー場(東京都)

11月23日vs早稲田大学 14:00K.O.

@秩父宮ラグビー場(東京都)

11月30日vs帝京大学 11:30K.O.

@秩父宮ラグビー場(東京都)

応援よろしくお願いします!

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